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(2021/11/26 追記)

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詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

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なんだ!? このマンガは!?
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エンタメ
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『孤独のグルメ』──「独り飯」の最高峰

『なんだ!? このマンガは!?』
[著]J君 [発行]彩図社


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原作:久住昌之

作画:谷口ジロー

月刊PANJA

1994 ~ 1996




 頑張った自分へのご褒美に、今日の晩飯は牛丼に卵、そして豚汁もつけちゃおう! あれ、今日の俺っていつもよりちょっとセレブじゃね?


 ……「(ひと)り飯」をしていて、このような心境になったことはありませんでしょうか? 筆者は比較的しょっちゅうあります。月1くらいで。


 さて、本項ではオヤジ向け独り飯マンガの究極系と言われる「孤独のグルメ」を取り上げたいと思うのですが、本作品は1997年の単行本出版より版を重ねるロングセラーであり、すでにグルメマンガのカリスマとして孤高の存在となっているのです。なぜこれほどまでにオヤジたちの心を捉えるのか? その魅力に迫りたいと思います。

「孤独のグルメ」は「月刊PANJA」という雑誌に掲載されていた、久住昌之先生(原作)と谷口ジロー先生(作画)の両氏による作品です。


 その概要は、個人で雑貨輸入商を営む独身貴族・井之頭五郎が、仕事の合間にふらりと街の飲食店で食事をするというもの。しかも、食べるもののほとんどは大衆食堂の定食とか回転寿司とかスタンドのカレーとか、いわゆるB級グルメ的なものばかり。

「孤独のグルメ」は、そんな主人公・五郎の食事中の心理をひたすらに淡々と描写しただけのマンガです。そこには、オチも刺激的な演出もまったく存在しません。しかしそれがいいのです。


 特筆すべきはそのセリフ。独り飯マンガなので、基本的に独り言が多いのですが、日常的に独り飯をしている者ならば一度は心の中で呟いたことがあるものばかりです。五郎の独り言の1つ1つが、中年オヤジたちの切ないハートにジャストミートしまくるのです。


 ではさっそく、そんな名言の数々を紹介していきましょう。



 ●「持ち帰り! そういうのもあるのか」



 東京都台東区山谷にて、道に迷い仕方なく飛び込んだ定食屋に「お持ち帰りシステム」があったことに驚いた五郎の頭の中に浮かんだセリフ(※1)です。

「そういうのもあるのか」という妙な感心とは裏腹に、絶対持ち帰りなどしない感が漂いまくっているところが中年の奥の深さです。


 ちなみに、このとき五郎は勢いでぶた肉いためとライス、それにとん汁を注文してしまったのですが、後で豚肉がダブっていたことに気づきショックを隠しきれない様子(※2)などは、かなりのダメな大人感を醸し出しています。



 ●「このおしんこは正解だった」



 これまた台東区山谷の定食屋にて。先に触れたようにぶた肉いためととん汁というダブル豚のくどさに辟易していた五郎でしたが、たまたま一緒に頼んでいた「ナスのおしんこ」のさわやかさに助けられ、思わず浮かんだセリフ(※3)です。


 正解とか不正解とかいう問題でもない気もしますが、皆様もこってりした料理の後のおしんこに救われた経験はあるのではないでしょうか? 一皿のおしんこにも感動する姿勢、これこそオヤジの美学です。


 ●「ごはんがあるのか うん! そうかそうか そうなれば話は違う ここに並んだ大量のおつまみが すべておかずとして立ち上がってくる」



 東京都北区赤羽の朝から営業している飲み屋にて。下戸の五郎が、飲み屋のメニューを組み合わせてなんとか朝食にしようとしているシーン(※4)です。


 お酒のおつまみって、なぜかご飯にも合う物が多いですよね。筆者も酒のつまみを目の前にして、「ご飯が欲しい!」と思ったことは数知れません。これが下戸の人であればなおさらではないかと思います。


 ただ、「おかずとして立ち上がってくる」なんてカッコイイ表現がアリだとは夢にも思いませんでした。


 明日からさっそく使いたい「ご飯さえあれば、酒のつまみは“おかずとして立ち上がってくる”」。物は言いようですね。


 ●「早くご飯こないかなぁ 焼き肉といったら白い飯だろうが」



 神奈川県川崎の工業地帯にある焼き肉屋にて(※5)。白ご飯がなかなかこないことにイラ立ち、思わず、「焼き肉といったら白い飯だろうが」という俺ルールを逆ギレ気味に虚空に向かって言い放つ五郎。ハタから見ていると凄く大人げなく見えますが、確かに焼き肉に白いご飯はよく合いますよね。


 実際、肉は着々と焼けているのにご飯が一向にやってこないで、焦げるのも嫌だからしょうがなく肉だけを食べる。ご飯がきたころには肉はほとんどなくなっているので、仕方なくカルビ一皿追加……という、まさに焼き肉屋の思惑通りの「焼き肉とご飯の無限ループ」に陥ることはままあるものです。



 ●「こういうの好きだなシンプルで ソースの味って男のコだよな」



 秋葉原のどの飲食店にも入れなかった五郎が、カツサンドを買って広場で独り飯をするシーン(※6)。

「ソース味=男のコ」という思考の飛躍っぷりが凄いうえ、理屈も何もない気もしますが、筆者にはなんとなく伝わりました。幼いころ、「ソース=男」という刷り込みがあったかどうかは謎ですが、そういえば確かに「ソース味って男のコ」ですよ!


 だからといって、「女は醤油でも飲んでろ」という意味では決してありませんからね。


 ●「ラストの2枚……あれが効いたな」



 吉祥寺の回転寿司屋を出た後の五郎の心情(※7)。これも中年オヤジであれば、一生のうち250回は言うであろう定番ゼリフですね。要するに、回転寿司屋などでテンションが上がり、つい食べ過ぎて後悔する現象です。たかが寿司二皿ですが、限界を超えた腹にはズシンと堪えるので注意したいですね。


 ちなみにこれが飲み会後であれば、「ラストの鮭茶漬け……あれが効いたな」「最後のネギラーメン……あれが効いたな」などと多様に変化する、実に応用範囲の広いオヤジゼリフです。


 ●「マズくない! けっしてマズくないぞ!!



 東京都杉並区西荻窪の自然食の店にて(※8)。マズいに決まっていると思って食べたものが意外とイケる。いや、それどころか結構クセになる味だった。しかし美味いと認めたくはない。この味を美味いと認めたら自分の中の大切な何かが壊れてしまう──そんな状況のときに便利なセリフがこれです。


 自身の味覚とプライドが交錯し、「マズくない」からといって、即「美味い」とは思えないのがオヤジ心の微妙なところ。オヤジ心はナイーブなのです。



 ●「俺がちょっと飯を入れていくような店ってもうないのか?」



 渋谷という若者だらけの街で、どこにも入れる店がなく思わず浮かんでしまった哀愁のセリフ(※9)。飯を入れるってどこに? という疑問については、当然「胃」とか「腹」に入れるのだと推測されます。


 それにしても、「飯を食う」と言わずあえて「飯を入れる」。実にダンディズム溢れる渋い表現です。さっそく明日から使いたいですね。


 同僚を誘う際に、「ちょっと飯入れていかないか?」


 カッコ良過ぎ。ただし、うっかり「飯」以外のものでこのセリフを使うと、とたんにカッコ悪くなるので注意が必要です。(例)「ちょっとタイ焼き入れていかないか?」


 ●「絶対大盛りで食おう」



 目標の店が定まった次の瞬間の、五郎の決意(※10)です。飲食店に入り、その場の思いつきで大盛りにするのではなく、事前にメニューを頭に思い描き、大盛りにすることを心に誓いながら独り飯に臨む。いわゆる「予告大盛り」です。


 同じ大盛りでも、前者と後者には天と地ほどの差があるのです。なぜなら、オヤジにとっての大盛りは、その料理に対する最大級の賛辞。ウマいからこそ大盛りで食いたい。だからこその「絶対大盛りで食おう」なのです。女子供にゃ理解できない「大盛りの美学」がここにあります。



 ●「モノを食べる時はね 誰にも邪魔されず自由で なんというか 救われてなきゃあダメなんだ 独りで静かで豊かで……



 この長セリフ(※11)こそが、「孤独のグルメ」的美学の神髄です。男の独り飯とは、突き詰めれば「誰にも邪魔されず、1人で落ち着いて飯を食いたい」ということがすべて。このセリフが暗唱できるようになれば、独り飯マスターと言って差し支えないでしょう。


 ちなみに五郎がこのセリフを放ったのは、東京都板橋区大山の洋食屋においてのことでした。五郎が食事中にもかかわらず、アジア系の店員を大声で怒鳴りつける感じの悪いマスターにブチ切れ、説教をするというシーンです。


 しかも逆ギレをするマスターに対し、五郎は怒りのあまり関節技まで決めてしまいます(※12)。神聖なる男の食事タイムを邪魔する奴は(なん)(ぴと)たりとも許されないということを、皆様も知っておくべきですね。


 というわけで、根強いファンが多く、本作品のモデルとなった店を実際に訪れる「()()グルフォロワー」も後を絶たないというオヤジ独り飯マンガ「孤独のグルメ」を紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?


 実のところ、筆者は五郎と気持ちがシンクロしまくりで、後戻りができないほどに心が中年オヤジの世界に踏み込んでしまっていることを痛感しました。これからも本作品が版を重ねるたびに、そんな人々が増え続けるんでしょうね……。

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