読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

12/21に全サービスをRenta!に統合します

(2021/12/6 追記)

犬耳書店は2021年12月21日に、姉妹店「Renta!(レンタ)」へ、全サービスを統合いたします。
詳しくはこちらでご確認ください。

0
-1
kiji
0
1
1102368
0
お江と徳川秀忠101の謎
2
0
2
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
Q61 長女・千姫の大坂城脱出と坂崎成政の横死との関係とは?

『お江と徳川秀忠101の謎』
[著]川口素生 [発行]PHP研究所


読了目安時間:4分
この記事が役に立った
2
| |
文字サイズ



 お市の方の娘である淀殿(よどどの)、お初、お江の三姉妹は、天正(てんしよう)元年(一五七三)に近江小谷(おうみおだに)城(滋賀県長浜市)で、同十一年には越前北(えちぜんきた)(しよう)城(福井市)で籠城(ろうじよう)を経験しますが、幸いにも二度とも城外への脱出に成功しました。

 これは、たとえば天正元年の場合は浅井方と寄せ手の織田方とが、三姉妹を脱出させる点で合意したからに他なりません。

 さて、摂津(せつつ)大坂城(大阪市中央区)が主戦場となった元和(げんな)元年(一六一五)五月の大坂夏の陣でも、落城する前に千姫(天樹院(てんじゆいん))を脱出させるという点で、千姫の側近と寄せ手の徳川方との間で合意が成立していたようです。

 千姫は徳川秀忠・お江夫妻の長女で、豊臣秀頼(ひでより)の正室でした。なお、秀頼の生母は、お江の長姉である淀殿です。その淀殿は、
「千姫が城内にいる限り、徳川方は総攻撃は仕掛けてこないに違いない」

 と踏んでいました。また、和睦交渉に際して千姫を持ち駒、切り札として使おうと考えていた節があります。このため、淀殿は千姫の体躯(たいく)(なわ)(しば)り、自ら縄の(はし)を握って放しませんでした。それでも、千姫の側近である侍女(じじよ)刑部卿局(ぎようぶきようのつぼね)(あきら)めず、千姫の脱出を画策しましたが、刑部卿局は徳川方との内通を疑われ、朋輩(ほうばい)の侍女に斬殺(ざんさつ)されてしまいます。

 そんな中、千姫の別の侍女が機転を()かし、「秀頼様が負傷されました!」と口にしたため、驚いた淀殿は縄の端を投げ出して息子の安否確認に走り出しました。その一瞬の(すき)()恰好(かつこう)で、侍女に(まも)られた千姫は(しゆうとめ)の前から姿を消します。

 ちなみに、先に触れた側近と徳川方との間の合意に基づき、千姫は徳川方の本陣まで送り届けられる手筈(てはず)になっていました。徳川方から誰が千姫を出迎えに(おもむ)くかという人選も行なわれていたようですが、そんな矢先に千姫らの眼前に、坂崎成政(なりまさ)という徳川方の大名が現れます。成政は宇喜多秀家(うきたひでいえ)(豊臣秀吉の養子)の従兄(いとこ)で、当時は石見津和野(いわみつわの)藩(島根県津和野町)主でした。

 成政はたまたま千姫を保護し、本陣まで護送しただけなのですが、千姫の内祖父・徳川家康に大変感謝されます。無論、江戸にいた生母・お江もこのことを知り、胸を()で下ろしたに違いありません。一方、たまたま千姫を保護、護送しただけにもかかわらず、家康に感謝されたことで成政は有頂天(うちようてん)になったのでしょうか。

 成政は特に顔が広いわけでもなく、中央政界に全く人脈もないのに、将軍の娘である千姫との結婚を望む公家(くげ)からの依頼を安請(やすう)け合いしてしまいます。それにしても、頼んだ側の公家も夫・秀頼が夏の陣で自刃(じじん)したばかりの後室(こうしつ)(未亡人)であるというのに、その千姫との結婚を第三者に依頼したというのですから、開いた口が(ふさ)がりません。

 ともあれ、成政は成政なりに、公家の依頼を実現すべく努力を重ねたようです。そんな時、成政を唖然(あぜん)とさせる情報が飛び込んできました。

 大坂落城の翌年に当たる元和二年、千姫が本多忠刻(ただとき)のもとへ輿入(こしい)れすることが決まったのです。忠刻は伊勢桑名(いせくわな)藩(三重県桑名市)主・本多忠政(ただまさ)嫡子(ちやくし)で、生母は正室・熊姫(ゆうひめ)でした。熊姫は家康の長男、秀忠の長兄である岡崎(松平)信康(のぶやす)の娘ですので、忠刻と千姫とはいとこ半(ヽヽヽヽ)ということになります。

 一方、千姫の再婚話を耳にして(おさ)まらないのは成政でした。当時は面子(めんつ)、体面が重んじられた時代ですから、「将軍家は(わし)の顔を(つぶ)した!」などと勝手に思い込んだのかも知れません。これらは明らかに被害妄想ですが、当の成政は自らの面子、体面を保つことしか考えなかったのでしょう。あろうことか、忠刻のもとへ向かう千姫の輿入行列を襲撃し、千姫を拉致(らち)すると家臣の前で口にします。

 それにしても、現職の将軍(第二代将軍)である秀忠の娘で、これから再婚しようという女性を拉致しようというのですから、乱暴この上ないという他はありません。さすがに、
「こんな殿様には付いて行けない……」

 と思ったのでしょう。家臣らが主君であるはずの成政を斬殺(ざんさつ)したこと、秀忠の側近、剣豪で、成政の友人でもある柳生宗矩(やぎゆうむねのり)但馬守(たじまのかみ))が万事に目を光らせたことなどから、千姫はどうにか難を逃れています。


この記事は役に立ちましたか?

役に立った
2
残り:0文字/本文:1978文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次