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ガイドブックには載っていない 本当は怖い沖縄の話
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雑学
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怖い話其の7 【沖縄の刺青文化】手の甲に入れるハジチという刺青

『ガイドブックには載っていない 本当は怖い沖縄の話』
[著]神里純平 [発行]彩図社


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 幼少の頃、曾祖母によく面倒を見てもらった記憶がある。曾祖母の膝の上で共働きの両親が帰ってくるのを今か今かと待っていたのはいい思い出だ。


 曾祖母の膝に座っていると、両手に刻まれた黒い文様が目についた。子どもながらに物珍しく、触ったりこすったりしていた。

「大きいおばー、これなに?」


 さすりながら何回も聞いたものだ。


 子供心に少し不気味に映ったのを記憶している。


 すると曾祖母は少しだけ悲しそうに決まってこう答えた。

「おばーは、バカだからいたずらしたさー」


 なんだか腑に落ちなかったので、一度だけ祖父に尋ねたことがあった。

「大きいおばーの、手の黒いのなに?」


 いつも優しくにこにこしている祖父が、このときばかりは厳しい顔で私に言った。

「この話は、絶対にしたらいけない! それにおばーと呼ぶのはやめなさい。ウンメー(方言でおばぁさんという意味の尊敬語)と呼びなさい!」


 あまりの迫力に驚いて私は声を上げて泣いた。


 その後、歳を重ね、曾祖母の手の甲の文様が「ハジチ」と呼ばれている昔からの文化であることがわかった。


 方言での正式名称は「メーラビ」である。


 ハジチとは、竹針や爪楊枝の先に墨をつけ、その墨を女性の手の甲に流し込む女性限定の文化である。今で言う、刺青のことである。その文様は丸型、四角、菱形などさまざまであり、15世紀の文献にもその存在が記されている。


 明治期に西洋の文化が入ってきて日本政府が明治32年に風習改良運動の一環として禁止令を出すまで一般的に行われていた。


 私の曾祖母は明治38年の生まれなので、禁止令を無視して入れたことになる。このように明治32年以降に生まれた女性の中にもハジチをほどこしている者が多いことから、この文化が沖縄社会に深く根を下ろしていたことがうかがえる。


 ハジチはまずは左手にほどこし、結婚すると右手にも刻むことになる。


 手の甲を泡盛で消毒し、針を何度も差し込む行為なので、その痛みは相当なものだっただろう。痛みをまぎらわせるために黒砂糖を食べていたという記録も残っている。また、当時は衛生状態が悪かったため、炎症を起こし発熱する者も後を絶たなかったようだ。


 世界各国の文化に見られるように、古来、刺青には、子孫繁栄、魔除けなどのシャーマニズム的な意味合いがある。それはハジチも同様で、ハジチをしていないとあの世で浮かばれないということを歌った琉歌もある。


 沖縄では、刺青をした手が遭難しかけた船を支えたという故事が広まり、その普及に加速をつけた。


 そして17世紀初頭に摩藩が琉球王国に侵攻した際に、ハジチをほどこした女性を摩の藩主が突き返したことから、摩に連れていかれるのを避けるためにも行われるようになった。また、他国との交易を盛んに行っていた当時の琉球において、アジアに売られていくのを避けるためだったり、遊郭に送られるのを避けるために入れられることもあったようだ。


 実際にフィリピンに売られていき、その後太平洋戦争のフィリピン侵攻で救出され、ハジチをしていたことで沖縄に戻ることができた人もいる。


 それから時代が下り、18世紀初頭になると、ハジチをほどこすことを生業とする「ハジチャー」と呼ばれる存在が現れる。現代で言うと、彫師といったところだろう。


 その頃から、ファッション的な意味合いが出てくる。


 ハジチを入れている高齢の女性に確認すると、当時の交通事情では田舎のほうに「ハジチャー」が来ることは珍しく、みな「ハジチャー」が来るのを心待ちにしていたという。「ハジチャー」が来たときは、列が出き、わくわくしながら待ったものだという。

「首里では、こういうものが流行っているよ」などという話も飛び交い、人気の「ハジチャー」や流行のハジチも生まれるようになった。


 想像を絶する痛みに耐えなければならないことから、大きなハジチを入れているものは周囲から一目置かれるようになった。また、出産の痛みや結婚生活に耐え、忍耐強く生きていくという覚悟の意味合いも兼ねるようになってきた。


 沖縄の女性は気が強く一途である。


 そのため、1人の相手に一生尽くすという健気な意思表示も含まれているのだろう。


 そんなハジチだが、現在ではそれをほどこしている女性の生存者はほとんど存在しないが、昨今の沖縄ブームでハジチ文様の手袋が売られたりしている。


 私はハジチを入れていた曾祖母のことを思い出し、ある夜、母親にこう言ったことがある。

「大きいおばー、手にハジチしていたけど痛くて大変だったんだろうね」


 すると母親は、少しさびしそうに答えた。

「沖縄の女は、美人だし気が強いからね」


 あまり答えになっていないので、私は重ねて聞いた。

「そういえば、子どもの頃、大きいおばーのハジチのこと、じぃちゃんに言ったら怒られたことがあったけどどうしてだったの?」

「純平はよく覚えているね」


 母親は間をあけてから言葉を続けた。

「ツル(私の曾祖母の名前)おばーは、とても美人で早くに結婚したんだけど、旦那が他に女を作って出ていったんだよ」


 言葉に詰まった私に母親は静かに続けた。

「ハジチのせいで、再婚できなくてとても苦労したんだよ」


 昔、私を怒鳴った祖父の気持ちが少しだけわかった気がした。

「そんなことがあったんだね」


 私が言うと、母親は小さく笑った。

「だけど沖縄の女は美人で強いからね。ツルおばーも辛い顔は見せなかったよ。純平の周りにも気の強い美人いるでしょ」


 気の強い美人。


 この言葉が私の心にひっかかった。私は県外の友人を案内して街を散策することが多いが、必ずと言っていいほど言われることがある。

「沖縄は美人率がとても高いね」という言葉だ。


 私もそう思うし、客観的に見ても美人が多いのだ。


 しかし、必ずしも美人であることが幸せにはつながらない。


 私より少し上の、30代後半から40代前半の美人で、顔にタバコで根性焼きを入れている女性が存在する。理由は、付き合った男性の嫉妬を拭い去るためだ。女性の命である顔に根性焼きをし、浮気をしない、あなたが最後の男であるという意思表示をしているのである。その他にも、半袖を着たときに見えるように腕に根性焼きを入れている者などもいる。


 沖縄の女性の一途さと気の強さは、こんなところに連綿と引き継がれているのだろうか。

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