読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

12/21に全サービスをRenta!に統合します

(2021/12/6 追記)

犬耳書店は2021年12月21日に、姉妹店「Renta!(レンタ)」へ、全サービスを統合いたします。
詳しくはこちらでご確認ください。

0
50
kiji
0
0
1102730
0
江戸東京の寺社609を歩く 下町・東郊編
2
0
0
0
0
0
0
旅行
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
[6]蔵前から浅草橋へ歩く……台東区

『江戸東京の寺社609を歩く 下町・東郊編』
[監修]山折哲雄 [著]槇野修 [発行]PHP研究所


読了目安時間:14分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ



 前の散策コース「東上野と元浅草界隈を歩く」は、明暦の大火後に湯島や神田あたりから移転してきた寺が多く、寺町を形成していたから、しぜんと寺院の紹介にページをついやした。

 今回のコースは、蔵前駅(地下鉄大江戸線と浅草線)を中心に、鳥越(とりごえ)神社をまわって浅草橋まで歩く道筋で、前回とくらべて神社の紹介が散策のメインとなり、いちおう神社派にも納得していただけよう。

 筆者は上野駅前に泊まった二日目、西浅草の寺(東京本願寺など)を拝見したあと、昼食どきの休み時間の人びとにまじって田原町の交差点(寿四丁目)から南下した。

 蔵前という地名 戦後三年たって生まれた筆者などは、蔵前ときくと、「蔵前の国技館」と口にでる。昭和二十九年、国技館は両国回向院の隣から蔵前二丁目に移って、昭和五十九年に両国の新国技館が完成するまでだから、三十年あまり、蔵前といえば大相撲、国技館で、筆者の年齢に沿えば六歳から三十代後半までで、そのイメージは深く沁みこんでいる。さらに私事をいえば、六、七歳のころ本場所に連れていかれ、当時新築されたこの国技館内で迷子になったことがある。


 事典風に江戸時代の蔵前のことを記すと、幕府が年貢の御米蔵を隅田川の西岸((うまや)橋から蔵前橋の少し南まで)につくり、その蔵の前という俗称地名である。

 元和六年(一六二〇)、急激に人口の増えた江戸には、諸国から年貢米が大量に流入し、幕府は旗本・御家人に俸給としてわたす米を備蓄する浅草御蔵を、隅田川の川岸を広げて建設した。その埋め立てには鳥越の高台を削ってあてたという。

 禄米を現物でもらうため蔵前へ赴くのは手間がかかるため、はじめは御蔵宿(休憩場所)のものに受取りと発送を委任していたが、これがやがて「札差(ふださし)」という新しい業態となり、禄米を売(さば)く手数料、また米穀を担保に金を貸す金融業になった。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:5741文字/本文:6526文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次