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江戸東京の寺社609を歩く 下町・東郊編
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旅行
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[8]上野公園とその周辺をめぐる……台東区

『江戸東京の寺社609を歩く 下町・東郊編』
[監修]山折哲雄 [著]槇野修 [発行]PHP研究所


読了目安時間:17分
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その1──上野公園と不忍池


 上野駅の描写  芥川龍之介に「父」というごく短い小説がある。明治末年の中学四年生たちが上野駅から日光に修学旅行にいくため、駅の構内にあつまっている。

 かれらは待合室に出入りする人間にたいして、「東京の中学生でなければ云えないような、生意気な」悪口を仲間内でいいあっていた。すると時刻表と懐中時計とを見比べながら立つ、滑稽な挿絵から切り抜いたような年配者がいるのをみて、みんなのなかでいちばん辛辣な悪口をいう能勢五十雄(のせいそお)に、おもしろい皮肉な形容を期待した。

 しかし、その年配者の横顔から、「私」はその人が能勢の父親であることがわかる。それを言おうとしたとき、能勢が「あれはロンドン乞食さ」といい、みんなが吹き出して、格好をまねするものさえもいた。父親は自分の子には知らせず、出勤の途中わざわざ立ち寄ってそっと様子をみにきていたのだった。

 仲間内では父親さえもからかってしまう、そんな中学生らしい虚勢を書いた作品である。

 そのなかに、いかにも上野駅構内らしい描写がある。
「幅の狭い光の帯が天井の明り取りから、(ぼう)と斜めにさしている。能勢の父親は、丁度その光の帯の中にいた。──周囲では、すべての物が動いている。眼のとどく所でも、とどかない所でも動いている。そうしてまたその運動が、声とも音ともつかないものになって、この大きな建物の中を霧のように(おお)っている」

 高いドーム形の天井は上野駅のシンボルで、そのもとで幾多の物語をうみだしてきた。明治十六年(一八八三)九月に開業して以来、いまもほかの東京駅や新宿駅などにはない独特の哀感がただよう。

 なお、「父」ではさいごに、能勢五十雄が中学卒業後まもなく肺結核で物故したことが記され、「私」は追悼式で、悼辞(とうじ)を読み、「君、父母に孝に、」という句を入れるのである。


 寺社めぐりをして、もうひとつのたのしみが、乗り降りする駅のようすを眺めることだった。はじめての駅もあれば、かつては頻繁に利用していたが、すっかり疎遠になってしまった駅など、その駅前の風景とともに、東京散歩の余禄なおもしろさがあった。
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