読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1102900
0
トラウマ日曜洋画劇場
2
0
0
0
0
0
0
エンタメ
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
1 スローターハウス5 Slaughterhouse-five(1972年、アメリカ)

『トラウマ日曜洋画劇場』
[著]皿井垂 [発行]彩図社


読了目安時間:8分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


(監督)ジョージ・ロイ・ヒル

(出演)マイケル・サックス、ロン・リーブマン、ユージンロッシュほか



 ジョージ・ロイ・ヒルは、『スティング』や『明日に向って撃て!』など、とっつきのいい娯楽映画の監督として知られている。しかし、決してそれだけじゃない。実はこの監督、評判の良い小説(しかも映像化が非常に困難に思える複雑な内容の長編小説)を熟練の職人技で映画化し、高品質な作品に仕上げるというすごい特技の持ち主なのだ。


 例えば、世界的ベストセラーとなったジョン・アーヴィングのはちゃめちゃ大河小説『ガープの世界』を、ロビン・ウィリアムズ主演で映画化。わんさか出てきて微妙に絡み合うアクの強い登場人物たちを見事に交通整理し、唐突な暴力と理不尽な死があふれるガープワールドを、原作のコミカルなテイストをキープしつつ、きっちりと描き切った。


 複雑巧緻なストーリーと息詰まる心理描写でハラハラさせるジョン・ル・カレの長編エスピオナージュ『リトル・ドラマー・ガール』も、すっきりしたサスペンスにまとめている。

『スローターハウス5』は、そんなロイ・ヒル監督による、アメリカの人気作家カート・ヴォネガットのSF小説の映画化である。独特なスタイルで綴られるヴォネガットの小説が映画になると、こんな感じになってしまうのか……当時中学生だった僕には、とんでもなく新鮮だった。



 なんとも説明不能なストーリー


 映画は、主人公のビリー・ピルグリム(マイケル・サックス)がタイプライターで手紙を打っている場面から始まる。地元新聞の編集者に宛てたその手紙には「私は時間に縛られず、時を前に進んだり後ろに戻ったりします。しかし、その移動を自分でコントロールすることはできません」とある。


 なぜそんな能力があるのか、どんな風にその移動はなされるのか、それ以上の説明はなにもない。僕らはただ、過去と現在と未来を巡礼者(ピルグリム)のように瞬間移動する主人公に付き合うだけだ。


 雪原。第二次大戦下のヨーロッパだ。みすぼらしい姿で隠れているところをドイツ軍に発見され、捕虜となるビリー青年。彼は故郷の町で検眼師の学校に通っていたが、徴兵され、やむなく出征した。見るからにひ弱ないじめられっ子タイプで、感心するほど影が薄い。演じているのはマイケル・サックスという俳優だが、この映画以外にこれといった出演作品もない無名の役者。ほとんど出ずっぱりなのに、なんの個性も感じさせず印象も残さない。


 共に捕虜となり、同じ収容所に送られることになったアメリカ兵ラザロ(ロン・リーブマン)は、どんくさくてウジウジしたビリーがともかく気に入らない。相棒が移送中に死んだのもビリーのせいだと言いがかりをつけ、いつか殺してやるとすごむ。


 トラルファマドール星。中年となったビリーは若手ポルノ女優のモンタナ(ヴァレリー・ペリン)と仲睦まじく過ごしている。


 2人は地球人類の“つがい”サンプルとして、トラルファマドール星人に誘拐されてきた。なぜ宇宙人にビリーが選ばれたのかは定かではないが、モンタナがビリーの相手に選ばれたのには理由がある。ビリーの息子(ペリー・キング)のグラビアオナペットであり、ビリー自身も密かに気に入っていたからだ。


 結婚式。戦争が終わり故郷に戻ったビリーは、検眼師学校オーナーの娘バレンシアと結婚する。義父に湖畔の家を与えられたビリーは今で言う逆玉だ。人は良いが性的魅力に乏しいバレンシアより、覚えの悪いペットのバカ犬を可愛がるビリー。平凡だが幸せな日々が始まる。


 ドイツの古都ドレスデン。ビリーたち捕虜は、この街の収容所に移された。ビリーは相変わらずラザロにいじめられているが、年上のダービー(ユージン・ロッシュ)がいつも助けてくれる。ダービーは常識のある元教師で、家族を愛する絵に描いたような善人だ。


 バーモント州の山。検眼師になったビリーがカナダの会合に参加するために乗った飛行機が墜落する。奇跡的に助かったビリーは地元の病院に運ばれるが、事故の知らせを聞いたバレンシアは取り乱し、半狂乱で病院へと車を飛ばしたため、途中で追突事故を起こして死ぬ。


 再びドレスデン。ビリーたちは捕虜収容所の入口で整列させられている。無表情なドイツ軍将校が演説する。

「この収容所はシュラフト、ホフ、フュンフ。第五屠殺場(スローターハウス5)という名前である。非常時に備え、この名前を忘れるな。発音してみろ! シュラフト、ホフ、フュンフ! シュラフト、ホフ、フュンフ!」



 時間旅行の果てに


 読んでる人もつらいだろうが、書いてる僕もつらい。第二次大戦当時のドイツから未来の宇宙まで……時空を超えた断片的なエピソードがランダム再生みたいに並べられているこの映画の内容を活字で紹介するのは、ひどくやっかいなのだ。


 じゃあ、難解でつまらない映画なのかというと、決してそんなことはない。登場人物のキャラ設定は単純で、個々のエピソードの意図するところは明快。素朴、ときには幼稚とまで評されるヴォネガットの文章が、そのまま映像に置き換えられているかのようだ。


 慈善家ローズウォーター氏やナチ宣伝員ハワード・キャンベルJrなど、ヴォネガット作品のレギュラーキャラもちゃんと登場していて、かゆいところに手が届くようなサービス精神だってある。


 また、一見でたらめに並べられたように見えるエピソードたちも、監督のジョージ・ロイ・ヒルがアイデアとテクニックを尽くして巧みにつなぎあわせているため、物語はなめらかに流れ、無理がない。


 理屈でストーリーを理解しようとせずに、主人公と一緒に時間旅行の波に乗ってしまえば、滑稽で残酷な人間ドラマがだれでも存分に楽しめるのだ。


 やがてビリーのタイムトラベルは僕たちを1945年2月13日のドレスデンへと連れていく(映画の中で日時と場所が明示されるのは、このエピソードだけだ)。この日、連合国軍はドイツの街ドレスデンに無差別爆撃を行う。戦争も終わりかけていたこの時期、戦略的にはほとんど意味がないとされていた街をなぜ壊滅させたのかはいまだに謎だ。しかし、数万の一般市民が死に、ヒロシマ同様の悲劇と言われた史実である。


 ドレスデンの捕虜収容所にいたビリーは、こうして味方の絨毯爆撃をくらった。そしてこれは、原作者ヴォネガット自身の体験でもある。


 ビリーはダービーたちと共に地下壕に避難し生き残る。空襲後、瓦礫の山と化した街でビリーら捕虜は死体回収作業を命じられるが、その作業中に起こった笑ってしまうほどくだらない行き違いから、ダービーはあっけなくドイツ兵に射殺される。


 ビリー自身もそれから数十年後、ラザロの的はずれな逆恨みで命を落とすことになるが、こうした悪ふざけみたいな命のやり取りを経て、ビリーはトラルファマドール星人から学んだ運命論を信奉するようになる。

「人生には始まりも中間も終わりもない。世界は瞬間の集積なのだ。だから生き抜くためには、良い瞬間に集中し、悪い瞬間は無視する。過去も現在も未来も変えられない。自由意思などというものは宇宙には存在しない。ボタンは押される。そういうものだ」


 映画も原作小説も、根っこにあるのは人間という生き物に対する絶望である。ドイツ語で何度も繰り返され、中学生だった僕の耳にこびりついた「シュラフト、ホフ、フュンフ」の冷たい響きは、絶望を受け入れるためのおまじないのようだった。



【注釈】

※ジョージ・ロイ・ヒル

ミネアポリス出身の映画監督。ニューシネマ西部劇『明日に向って撃て!』(1969)で脚光を浴び、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォード扮するコンマン(詐欺師)がイカサマ賭博でギャングに復讐するコメディ『スティング』(1973)でアカデミー賞の監督賞と作品賞を受賞。『スローターハウス5』では、カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞している。

※ガープの世界

アメリカの人気作家ジョン・アーヴィングの1978年のベストセラーを、1982年に映画化。性欲に異常な嫌悪感を抱く母親、事故で浮気相手のナニを噛み切ってしまう妻、性転換した元フットボール選手、レイプされ舌を切り落とされた少女……キョーレツなキャラに囲まれながら、飄々と作家人生を全うする私生児ガープの運命を描く傑作。

※リトル・ドラマー・ガール

イギリスの作家ジョン・ル・カレの1983年のスパイ小説を、1984年に映画化。ダイアン・キートン扮するイギリスの舞台女優が、イスラエル諜報部に協力し、パレスチナ・ゲリラ組織に潜入する。

※カート・ヴォネガット

2007年に84歳で亡くなったアメリカの人気作家。1952年にディストピア小説『プレイヤー・ピアノ』で長編デビュー。70年代前半まではカート・ヴォネガット・ジュニアと名乗っていた。ニック・ノルティが主演した『マザーナイト』(1996)や、ブルース・ウィリス主演の『ブレックファースト・オブ・チャンピオンズ』(1999)も、原作はヴォネガットの小説。爆笑問題の太田光が、所属事務所の名前を、愛読するヴォネガットの初期作品『タイタンの妖女』にちなんで「タイタン」と付けたのもよく知られている。


この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:0文字/本文:3743文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次