『日本の聖地99の謎』
[編]歴史ミステリー研究会
[発行]彩図社
数ある神社の頂点に立つ伊勢神宮は、静寂に包まれた森や清らかな流れの川など、神の住まいにふさわしい雰囲気をたたえている神社だ。
じつは、伊勢神宮の神域は驚くほど広い。
伊勢神宮は最高神である天照大神を祀った内宮と、衣食住をつかさどる女神・豊受大神を祀った外宮から成り立っている。だが、内宮と外宮との間には数キロもの距離があるのだ。
お伊勢参りが大流行していた江戸時代、この両者の間は古市と呼ばれる参拝のための参道、いわばメインストリートとしてにぎわっていた。
ただし、宿屋や土産物屋が建ち並んでいただけではなく、古市にはもうひとつ裏の顔があった。
神の面前という神聖な場所では考えられないような遊廓がひしめき合っていたのである。その遊女の数は1000人にものぼったという。
古市は江戸の吉原、京の島原と肩を並べるほどの盛り場だったのだ。
参拝のあとに古市で遊ぶことを「精進落とし」と呼んだらしいが、男性にとっては古市に寄ることも、お伊勢参りの大きな目的のひとつだったのだろう。
もっとも、古市に来る客は遊び慣れている男ばかりではない。遊女たちはそのような無粋な客を冷たくあしらったため、刃傷沙汰の騒ぎが起きたこともある。
遊女に馬鹿にされたと怒った男が、刀を抜いて店の者たちを次々と斬りつけたのだ。この事件は『伊勢音頭恋寝刃』として歌舞伎にも取り上げられるほど知れ渡った。
古市は、お参りにきた男性を惑わせる魔所だったといえるかもしれない。