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あらすじとイラストでわかる論語
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生き方・教養
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はじめに

『あらすじとイラストでわかる論語』
[編]知的発見!探検隊 [発行]イースト・プレス


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       中国でいちばん読まれている書物



 紀元前五五一年、()の国(現在の(さん)(とん)(しょう)(きょく)())に生まれ、紀元前四七九年に七十四歳で亡くなった孔子。


 その後、数十年ほど経過した頃、弟子たちが師の功績を後世に残すために活動を開始した。


 ある者は文献を調査し、ある者は孔子ゆかりの地を歩き、またある者は直接の弟子たちの言葉を検証する。そうして少しずつ孔子の言葉を拾い集め、文字にまとめたのが『論語』なのである。


 この書物が今のような十巻二〇篇の形に仕上げられたのは、孔子の没後二〇〇年ほどの紀元前二〇〇年頃。(じゅ)(きょう)が国教と定められた前漢の時代だった。


 各篇のタイトルは次の通りだ。(がく)()第一、()(せい)第二、(はち)(いつ)第三、()(じん)第四、(こう)()(ちょう)第五、(よう)()第六、(じゅつ)()第七、(たい)(はく)第八、()(かん)第九、(きょう)(とう)第十、(せん)(しん)第十一、(がん)(えん)第十二、()()第十三、(けん)(もん)第十四、(えい)(れい)(こう)第十五、()()第十六、(よう)()第十七、()()第十八、()(ちょう)第十九、(ぎょう)(えつ)第二十。


 どれも一見意味ありげだが、ほとんどが冒頭の文字を取っているだけで、各篇の内容を表すなどの役を果たしているわけではない。例えば「学而第一」の冒頭は「子曰、學而時習之、不亦説乎」だし、「為政第二」の冒頭は「子曰、爲政以徳」である。


 各篇の特徴といえば「郷党第十」には孔子の日常。「子張第十九」に門人たちの言葉が集められている程度で、このほかに内容的なまとまりはない。


 このように現代の書物に照らすならば未整理の印象が強い書物だが、だからこそ読み進めるにしたがい「人間孔子」の姿がリアルに浮かび上がるという不思議な効果もある。


 そんな『論語』の内容を大づかみに表現するならば「対話の書」である。


 孔子自身の言葉でしめられているのはもちろんだが、多くは誰かの質問に対して答えるという形をとっている。質問者は直接の弟子であることが多いが、当時の()(せい)(しゃ)()(せい)の人々だったりもする。編纂の過程としては、三系統あった弟子たちの言行録が、(もう)()の時代になってまとめられ、現在の『論語』の元となる『()(ろん)()』が成立し、漢の時代にいたるまでに磨きをかけていったとされている。儒教を学ぶ者にとって、『論語』は必読書である。中国の歴史を通してこれほど多くの人に読まれた書物はほかにないだろう。



       シンプルかつ(がん)(ちく)のある言葉


『論語』が広く読まれるきっかけとなったのはやはり、漢の()(てい)が儒教を国教と定めたことにある。


 このときに、孔子が人間の読むべきものとして重要視していた「()(きょう)」、つまり『(えき)(きょう)』『(しょ)(きょう)』『()(きょう)』『(らい)()』『(しゅん)(じゅう)(きょう)』の五つの古典に加え『論語』を必読書として奨励したのだ。


 ところが国の政策の方向付けなどなくても、庶民の間で『論語』はすでにベストセラーであった。時代が進むにつれ、「五経」よりも『論語』のほうに人気が出たほどである。


 また(しゅ)()が『論語(しゅう)(ちゅう)』を著し、「四書」に加えてからは、中国の大受験システムである「()(きょ)」の科目として採用され、『論語』の重要性はさらに高まったのである。


 唐の詩人()()は「小児の学問はただ『論語』のみ、大児は結束して商旅に出る」と歌っている。これは八世紀ころの()(せん)の田舎町の生活をスケッチしたものだ。「小児の学問はただ『論語』のみ」とは民衆の教養の低さを嘆いたフレーズだが、そんななかでも『論語』だけは広く読まれていたということである。


 日本に『論語』が輸入されたのは『日本書紀』によれば(おう)(じん)(てん)(のう)十六年。()(だら)の学者が伝えたとされる。


 何かにつけて中国を手本にしてきた日本の歴史の中で、最も読まれたものがやはり『論語』だった。


 特に江戸時代に入ってからは、孔子の教えに触れ、その関連書物を読むことが学問の王道とされた。寺子屋で学ぶ少年少女たちも『論語』の文言をいくつも暗記していたという。


 このような事実からもわかるとおり、『論語』に収録されている五〇〇以上の言葉たちは、子供にも理解が可能なシンプルなものが多く含まれている。


 しかし、なかには長年『論語』を研究してきた学者たちでさえ、意見の分かれるほど複雑怪奇な文言もある。『論語』への取り組みはいつ始めても遅くないし早すぎもしないということだ。


 ()(じゅう)(ゆう)()にして(がく)(こころざ)す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして()()がう。七十にして心の欲する所に従って(のり)()えず(巻第一 爲政第二─〇四)。


 先生が言われた、「私は十五歳で学問に志し、三十になって独立した立場を持ち、四十になってあれこれと迷わず、五十になって天命をわきまえ、六十になって人のことばがすなおに聞かれ、七十になると思うままにふるまってそれで道をはずれないようになった」。孔子晩年の言葉である。


 十五歳にして学問の道に入って以来、七十を過ぎても学ぶことを片時も忘れなかった姿をありありと想像することができる。


 そんな孔子の研究対象はもっぱら人間だった。時代は変わってもそこに生きる人間たちにさほどの違いはない。

『論語』を読み進めると何度も「ドキリ」とさせられる。現代日本のことを言っているようなフレーズが本当にたくさん登場するのだ。どの時代においても読む者にそう思わせたことだろう。


 古臭い、難しい、説教くさい……そんなイメージをもつ人も多い『論語』ではあるが、古臭くて、難しくて、説教くさいからこそ読むべきなのかもしれない。


 二五〇〇年も前の言葉である、古臭くて難しいのは当たり前。また、広い中国から我こそはと集まってきた多くの秀才たちに、希代の大賢人が垂れる言葉である。説教くさいのも当たり前だ。


 しかし、『論語』に収録された言葉たちは長い年月を経ても色あせることはない。


 古くて新しい人間観察の書。それが『論語』なのである。

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