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[証言録]海軍反省会 3
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歴史
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解説

『[証言録]海軍反省会 3』
[編]戸高一成 [発行]PHP研究所


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呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長 戸一成 



「海軍反省会」は、昭和初期から太平洋戦争期にかけて、海軍の中堅士官として過ごした、主に大佐、中佐クラスの士官が、海軍の歴史を、それぞれの体験に基づいて検討、反省することを目的に行われた会合である。会合は、昭和五十五年三月から、平成三年四月にかけて、現在確認されているだけで一三〇回にわたって行われた(反省会は百三十一回まで行われたが、第二十七回は欠番であり、実際は一三〇回が確認されている)。


 編者は、勤務していた、財団法人史料調査会の上司であり、海軍反省会の幹事であった土肥一夫氏(海軍兵学校五四期、海軍中佐。連合艦隊参謀、軍令部参謀などを歴任)の指示で、海軍反省会の第一回から、配布資料の調整、郵送などの雑務を行っていた。最終的に資料の保管を託されたが、海軍反省会での発言は、主な発言者の存命中は公表しない、との指示に基づき、第一回から数えれば三十年近く、資料と録音テープを保存してきた。縁あって、二〇〇九年にNHKスペシャル「日本海軍四〇〇時間の証言」として、この記録について番組が作られ、放送されることとなった。これを機会に反省会の記録を文字にして残すことを考え、PHP研究所の大久保龍也氏のご努力を得て、当初の一〇回分を刊行する事ができた。当初は、海軍反省会の存在と、主な内容を知ってもらうために、この一冊のみの刊行を考えていたが、刊行後、全ての内容を公刊すべきである、との声が多く、概ね一〇回分を一冊として、継続刊行することとなった。本書は、その第三巻である。


 ちなみに、司会の土肥一夫氏が第二十九回において、戸(編者)を海軍反省会に同席させたい。と発言しているが、編者としては、当初より雑用の手伝いと思っており、将官、佐官の中に混じって同席することには遠慮があったので、土肥氏には、今までのように、裏方の手伝いをさせてください。何か特別のことがあれば同席しますが、毎回の出席は荷が重いので遠慮します。と言ったことを覚えている。結局編者が海軍反省会に直接同席したのは、数回に過ぎず、当然発言はしていない。



 本書「[証言録]海軍反省会3」は、第二十一回から三十回を収録したが、第二十七回は記録の手違いから欠番となっているので、実際は九回分を収録した。


 本巻では、小島秀雄氏(海軍兵学校四四期、海軍少将。軍令部参謀、ドイツ大使館付海軍武官などを歴任)による、戦時中のナチス・ドイツと日本海軍の関係。黛治夫氏(海軍兵学校四七期、海軍大佐)、矢牧章氏(海軍兵学校四六期、海軍少将。海軍省人事局員、軍務局員などを歴任)による、アメリカでのスパイを使った諜報活動などについての証言。真珠湾攻撃にいたる、山本五十六大将の戦艦無用論の真意など、多くの興味ある発言が見られる。中でも、二十九回、三十回において、池田清著「海軍と日本」(一九八一年、中公新書)の所論を巡って、特に大井篤氏(海軍兵学校五一期、海軍大佐。軍令部参謀、海上護衛総隊参謀などを歴任)の熱のこもった反論には、青壮年期の二十年以上を海軍士官として送った世代と、太平洋戦争下に海軍兵学校に学び、任官後直ちに戦場に向かい、二十歳で終戦を迎えた海軍士官の、意識の断絶を見る事ができる。


 更に、中島親孝氏(海軍兵学校五四期、海軍中佐。軍令部参謀、連合艦隊参謀などを歴任)による、開戦以来、マレー沖海戦、ミッドウェー海戦、レイテ沖海戦などの、艦隊における通信戦務の実態の説明などは、太平洋戦史を考える際の、重要な要素といえる。



 発言の内容は、全体に海軍史などの研究者にとっては、既知の事実が多く、海軍反省会での発言によって、初めて世に知られる事実というものは、全くの個人的なエピソード以外には多くはないが、当事者当人の言葉で語られる内容には、他に変える事のできない現場にいた人間にしか語り得ない緊迫感と重さがあると言える。当「海軍反省会」の刊行の意味も、そこもあると言える。


 テープの文字起こしに当たっては、雑談、世間話に類する個所、及び過度の重複発言などは削除した。また、一部、テープの切り替え、録音状態などによって、全く聞き取り得ない個所は削除した。発言には、あれが、それが、などのように主語を省略する場合などがあるが、必要な個所には( )で言葉を加えた。発言中の人名は、多くの場合姓のみで発言されているので、煩瑣を厭わずに、可能な限り(名)を加え、海軍軍人の場合は、海軍兵学校の卒業期を加えたが、民間人の場合、一部不明のまま残ったものもある。



 なお、各回の扉に掲出した人名は、発言者の名前のみであって、出席者全ての名前ではない。海軍反省会には、毎回二〇名前後の出席者があった。


 日本海軍関係者が、敗戦後に行った幹部士官に対する証言の収集保存作業については、第一巻にあたる「[証言録]海軍反省会」の前書きに概要を記した。また、終戦直後、日本海軍として検討して纏めた、敗戦に至った経緯に関わる反省資料「大東亜戦争戦訓調査資料・一般所見」(昭和二十年十月九日、戦訓調査委員会委員長野村直邦)に関しては、同巻の巻末に、参考資料として収録しておいたので、参照して頂ければ幸いである。



 二〇一二年一月五日

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