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[証言録]海軍反省会 3
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歴史
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通信の不達・遅延による作戦への影響

『[証言録]海軍反省会 3』
[編]戸高一成 [発行]PHP研究所


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プリンス・オブ・ウェールズの発見報告


 技術的な事は、ほかにも色々ございますが、これくらいにいたしまして、一応、通信といたしましては、通信が不達、あるいは遅れたために、作戦実施上、大きな影響を及ぼした事は、確かにあるはずなんです。ただ、これがどれぐらいかということは、色々、ありますが、今度の戦争中の海軍の通信に関する記録が、ほんとに残っていない。多少電報の控えがございますけれども、これは、必ずしも受信時間とか何とか、はっきりしませんし、それから、中には、違った時間が記入されているのではないかと思われるものもございまして、はっきりいたしません。それで、公刊戦史などでも、大部分、関係者の記憶によって、書かれている。ところが、この記憶というのは、どうも怪しげなものでございまして、これだけで、通信がどういうものであったという事を、はっきり言うわけにいかないと思います。ただ、二、三の例だけを、まず申し上げたいと。


 その一つは、プリンス・オブ・ウェールズが、シンガポールから出てきた時ですね。伊の六五が発見して、すぐ報告したんです。この電報はですね、二時間以上かかってる。こう、宇垣((まとめ)・兵40)さんが、「戦藻録」に書いている。こんな遅くちゃしょうがないと。これは、いったい真相はどうだという事になる。実はこれは、この日の朝、シンガポールに偵察に行った飛行機は、戦艦二隻が在泊中であると、電報打っているんですね。したがって、二艦隊司令部なんかも、もう引き揚げてもいいって言うけど、カムラン湾で補給するために北に向かっていた、その頃に潜水艦を発見しましてね、それで発信したんですから、この電報の遅着は、大いに問題になり得るわけです。これがイギリスの戦艦が出た、という、第一報でございます。しかも、この時から、計りますと、このまま真っ直ぐ突っ込んできますと、コタバルの上陸点まで突っ込まれる、距離が。したがって、小澤(治三郎・兵37)艦隊では、非常に心配されたはずなんです。ところがそれが二時間も遅れて、一体、どうしたんだろう。そういう事なんでございますが、私が調べました所では、それは確かに、各艦の受信が、いずれも二時間ばかり経っておりますが、向こう(潜水艦)の通信は、小さい船もおりますので、だいたいにおいて、潜水戦隊の旗艦が、必ず一緒にいて中継する。こういう通信計画でおった。ところが、二隊の二隻の旗艦が両方とも受信したのは、ほかの船が受信した直前なんです。それで、伊六五潜に乗っておられた、三〇潜水隊司令が、これは大変だと思って、すぐ転送した。こういう事を言っておられる。戦史は、これを取っている。ところが、今度は、通信関係者の記憶を拾ってみますと、今の二つの潜水隊四潜戦と五潜戦、その旗艦は、いずれも似たような記録でございますが、その中で、由良でしたかな通信参謀は、この時電報を受信したと、すぐに了解符を出して、すぐに中継したと言っております。それが、由良(軽巡洋艦)の通信参謀です。で、鬼怒のほうは、受信したのは二時間後で、中継しなければいけないと思って、聞いたら、既に由良が中継している。こう言ったので、中継はしなかった。こう言っているようです。それで、その後に二艦隊旗艦をはじめ、方々で受けたのが、直接受信したのもあり、中継したのを受けたのもありますが、だいたい似たような時間だったと思います。したがって、これは恐らく送信のほうに何か錯誤があったか何かで遅れたという事だと思う。それで、当時まぁ、それで鮫島(素直・兵48)さんの本(「元軍令部通信課長の回想」一九八一年、刊行会)がありますね。これの中には、ちょっとどっかに、当時は、良い電信員はみな真珠湾のほうへ引っ張られ、西のほうに来ていたのは、みな二流、三流の、おぼつかない者ばかりであった、と、簡単に触れていますが、果たして、そうであったかどうかは、分かりません。ただ、恐らく、潜行中であれば、無線マストを上げて打ったんだと思います。それから暫くして、浮上していますから、その直後にも打ったはずなんでございますが、それが、記録によると、上がってから大分後になってから、初めて電波が出てる。どうしてその時打ったのか、今までのが、届いてないと思って打ったのか、分かりませんけれども、どうもそうではなくて、この時初めて打ったのではないかという気がするのは、ひょっとすると、潜行中に打ったのが怪しいから、また打った、こう考えられない事もございませんが、それならば、浮上してすぐ打たなければいかん。その辺に、疑問がございます。

 敵発見の時刻はいつなんですか?

中島 だからね、発信の時刻っていうのはね、電報のほら、頭に連番があるんですよね。あれがどうだったか、はっきりしない。私、見ておりませんので。でも、敵の発見の時刻っていうよりは、明らかに入ってますね、何時って。これが、それから、二時間ほど経ってる。暗号作った所のあれも、なんか早く終わってると思います。

 で、その時刻、分かりますか? 発見の時刻。

寺崎 十五時十五分頃ね、僕の記憶ではね。僕は艦隊司令部におったんです。それでね、僕らの司令部では、(潜水艦が)(つい)(じよう)触接しておってね、水上に浮かぶ事ができないから、それで発信が遅れたと。こういうふうに当時は考えていた。


捷一号作戦

中島 次には、色々とございますけれども、一番、目立つ例として、(しよう)一号作戦ですね。これの時も、調べてみますと、これは、船の通信状況が極めて悪いんでございますね。それで、作戦上大きな影響があった。このようにみなさんは、書いておられます。ところが、それでは、どこに原因があるか、という事になりますけれど、まず、色んな事に原因があったと。全て悪かったという事になると思いますが。まず、一番問題になるのは、小澤(治三郎)艦隊の発信電報が届いていない。特にこれ、最初の日に、敵発見、ここで出している。この電報、どこにも届いていないんです。ただ、一緒にいた、ごく近くの艦は受けているようでございます。という事は、本当の電波が出ていなかった、という事です。それはどうして分かるかといいますと、この通信屋の常識でございまして、あの頃全て、東通(東京通信隊)放送なりに掛かるんです、だから、掛かってなければ、もう一回再送信するという事になるんだと思います。それは、そこまで頭が回らなかったのかどうか、その日の電報、全然そろっておりません。どこにも。翌日になって、被害を受け出してからの電報は、方々に届いております。これは被害を受けているので、必ずしも適当に届いているとは限らないですけれども。


 次は、二艦隊司令部の受信状況なんでございますね。これがさっぱり届いていない電報が、随分あるんです。ところが、同じ、届いていない電報が、第一艦隊司令部の大和には届いている。そうなりますと、二艦隊の中の通信といいますか、戦務の問題か。中の電報の入り具合が悪いんじゃないかという事も考えられます。確かに、二艦隊司令部では、その前の日に、パラワン島の北側で、(旗艦愛宕)が潜水艦にやられて、旗艦が急に代わったから、ごたごたしていたという事はあると思いますけれども、大和はもともと一戦隊の旗艦であったわけでございます。そこに、電信員や暗号員を連れて乗っておりますから、そんな不手際な事にはならなかったはずであります。したがって、これは何か、通信という範囲に入るかどうか分かりませんが、電報の扱いなり、司令官の組み合わせとか、司令部と旗艦の間の組み合わせとか、そういう所に問題があるのではないかと思います。


 それから、今度は、二艦隊司令部の発信でございますが、これが、これはむしろ、戦務の問題でございましょうけれども、デッドラインですね。あの、反転した時ですね、回れ右しておいて、「我れ反転す」と。あの電報がね、この作戦はやめたほうが良いという意見具申であるのか、あるいは、ただ単に一時避退して、間もなく反転するんだという事を含んだ電報なのか、はっきりしないんですね。少なくとも、連合艦隊司令部では、それを、作戦をやめた方が良いという意味だと取った参謀が、ずいぶんいる。それで、作戦打ち切りの電報が、まさに出されようとした所までいっている。しかも、その後で、今度は、回れ右したまま、どこにも知らせていない。一番大事な事を。


 それから、小澤艦隊のほうは、どうかというと、この反転の電報を、午後八時頃受けている。非常に遅れていますが、色々故障したり理由があるとは思いますけれど。それで、八時頃受けて、これでは、四航戦が出過ぎるというので、あの時、前衛と言いましたが、それを反対方面に行くんです。しかも、反転させるんだけれども、既に第二艦隊は、東に向かって走っているんでございますから、その辺にも、あの電報が非常に大きな誤判断を引き起こしている。十月二十四日のことです。


 そうなりますと、これは、通信の問題というよりは、戦務の問題と思います。


 それから、今度は基地航空部隊はどうかと。これは、必ずしも、はっきりもしてませんが、飛行機隊に対する通信もはっきりしてない。飛行機隊の往復もはっきりしない。それで、中継も上手くいっていない。という事で、あの時は色んな情報もあったんではございますが、ほとんど二艦隊司令部には届いていないんですね。これは、基地間の、あるいは基地の運用、通信のやり方にも問題が大いにあると思います。そういう事で、この作戦は、通信と申しますか、戦務と申しますか。それで言えば、落第だらけなんでございますが、まぁ、あの時期になりますと、電信員も随分減っておりまして、未熟な電信員も、随分入っています。通信士も学校も出ない人が多かったので、こういう事になったのだと思います。


 今少し、通信に対する工夫という事を申し上げますと、私が三艦隊司令部に幕僚で行ったのが、ミッドウェーの直後で、三艦隊ができる時です。その時に南雲(忠一・兵36)長官が、ミッドウェーでは、通信でしくじったから、大いに通信をしっかり見てやってくれ、と。こう言われました。どういう事かといって、色々調べさせていきますと、大部分、通信そのものじゃないんですね。戦務の問題です。まず、最初は利根の索敵機の発進が遅れたのを知らせないとか、何とか。これなど、多分に索敵の軽視などと思いますが、こういう所から始まりまして、電報も、必ずしもデータがないと、分からなかったかもしれませんが、利根の第一報には、母艦がいるか、いないか、触れていないんですね。それで、こういうのは、どうしたら良いのかということになりますと、これは、後でございますけれど、三艦隊の小牧(一郎・兵57)中佐でございますが、戦死されましたね。あの方が航空参謀で来られました。その時に、小牧さんの発案で、作ってもらって感心したのがあります。というのは、母艦のリフトの上に艦型(模型)を並べる。それで、今度は、格納庫の中に机を並べまして、各飛行機、特に索敵機の機長と電信員を座らせる。そこから電線を引っ張らせて電鍵を置く。それから、リフトを上げてゆくと、煙は見えませんが、だんだんマストの頭が出てくるんですね、そこでリフトを止めますと、見ていますと、早いのはすぐに電報打つわけです。マストらしきもの、敵艦らしきものが見えた、と。その時には、極く短い暗号で打つ、どれを打つか、どういうふうに早く打つか、そういう指導をするわけです。そして、もう少し上げますと、もうチョット見える。そこで、今度は、母艦を含むとか、母艦はいないとか、そういうのをすぐに見つけて打つ。それくらいの暗号は、索敵機(電信員)は暗記してなきゃいけない。こういう訓練を繰り返しましたところが、南太平洋海戦直後で、あまり訓練のない搭乗員が来ましたが、その方面は、割合に上手くいったように、考えております。要するに、色々工夫すると、やり方はあると考えます。


 それと、私の私見でございますが、指揮官は、一般戦況、部隊の任務から考えて、注意すべき点を、幕僚とか通信指揮官に示す事が必要、あるいは行動企画を知らせる。言えば、今は牽制運動だから、大いに電報打って牽制しなきゃいかんとか、こういう事は分かっているはずなんだけれども、更に指揮官が念を押しておけと。特に単艦の場合は、余計そういった事を言っておく必要がある。次は、指揮官は、かなり電波(ふく)(しや)を恐れすぎた。これは、太平洋戦争中に、日本側は電波の輻射で色んな事を判断していたが、アメリカは、それほどやっていなかった。そういうので、必ずしもあまり恐れる必要はなかった、という事にもなります。そうでなくても、電波というものは、待っている自分の味方に届くほうが届きやすいんですね。傍受している敵より。したがって、そう恐れる必要はない。結局位置を暴露してどうなるか、それよりは、電報を打って、情報を送ったり、あるいは牽制したりしたほうが有効である、と。そういう事を秤にかけて、比較する必要がある。


 もう一つは、指揮官が無線通信を命令し、報告を行う場合に、その緊急度を思惟する事とは当然でありますが、そのほかに、いったいどのくらいの時間が経ったら届くのか、これをはっきり確かめておく必要がある。それを確かめるくらい、指揮官が通信っていうものに関心を持っていれば、その後でも、あの電報は届いたのか、と、こういう事に頭が回っていく事になる。こういう事が必要になると思います。


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