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[証言録]海軍反省会 3
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歴史
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電探射撃についての補足

『[証言録]海軍反省会 3』
[編]戸高一成 [発行]PHP研究所


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土肥 では、ただ今から第二十六回反省会を始めさせて頂きます。今日は曽我(清・機51)さんのお話を伺う事になっておりますが、その前にちょっと色々ご紹介したい事がございますので、申し上げます。この前、池田清(兵73)さんの「海軍と日本」(一九八一年、中央公論社)という本に対するご所見をお願いいたしましたが、ぼつぼつ頂いておりますが、もし何かございましたら、なるべく早くお願いいたします。その次に「現代」の二月号。これに取り上げましたのは、トラック島の病院における海軍生体解剖事件というの、これを書いています。そういう事実が仮にあったにしてもですね、書き方が非常にこれ、悪意を持った書き方であります。こんなものを取り上げる必要はないと思いますが、こんなものもございます。それから、捕虜の問題がこの前から出ておりますが、これは小島(秀雄・兵44)さんから頂きました、第一次大戦の捕虜収容所の、日本の捕虜収容所の事を書いた、捕虜を大事にしたことを書いてございます。それからこれはやはり小島さんから頂きました、「ドイツ海軍魂」(一九八一年、原書房)というあのデーニッツ提督の伝記でございます。


 次にもう一つ、昨年中のこの会の経費の関係を申し上げますと、会員のここにいらっしゃる方々からの寄付をして頂きました金額が、合計五六万円。そうして使いました金が四八万六五九八円。現在七万三〇〇〇円ばかり残っている勘定になります。その主なものを申しますと、事務用品を色々購入いたしました。これは紙とか鉛筆とかそういうものが四万円ばかり。それから通信費、これはご案内状を発送したりあるいは資料をお送りしたりする費用でございます。これが八万円ばかりかかっております。一番金がかかりますのが、資料を印刷するのは史料調査会の機械でただでできますが、これを製本いたしますのに案外金がかかりまして、二一万円かかっております。それから、この会議でコーヒーを出したりなんかするのが、だいたい一回が八〇〇〇円~九〇〇〇円。で、合計一五万円ばかりかかっております。まぁこんな調子でございまして、今後もだいたいこの調子でいけるのではないかと思っております。なお、この収入源につきましては、ただ今までは先輩方のご寄附によっておりましたが、また新しく例えば、森下仁丹とかから、寄付を求めたいとこう思っております。これは話はしておりますが、着手しておりません。


 あの松田(千秋・兵44)先輩からこういう、土肥幹事、中島、黛各委員殿という書類が参りまして、これをお手元にお送りしてありますが、これについて松田先輩ちょっとご説明を。

松田 前にも申しましたように、(わたくし)は大和艦長時代に、電探射撃をやった。実際弾を撃ったのは副砲ですけどね。それに伴ってその当時の二号二型っていうやつなんですけれども、副砲の射撃には良いけれども、トップの一五メーターの測距儀の上に付けたんで、回す時に角度に無駄がある。と、いうような事があったんです。その他色々この前、中島委員から細かい話聞きまして。あれはその電探射撃に関しては、あまり詳しくはなかった。ところが幸いに、このような本があるの私知らなかったです。(「カスタムカー臨時増刊号 戦艦大和」一九八一年、芸文社)うちの孫が買ってきて、分かるかって、俺でも分かるって、中学校一年ですよ。よく見ましたらですね、松井宗明、六二期です。この人は、電波のオーソリティーなんですけど、武蔵、大和のデータの事が詳しく書いてある。大和の電探射撃の事も、射撃そのものは少ないけれども、射撃、測距、方向の測定、これが相当詳しく書いてあります。もしもご希望があったら。それから、それ以外の記事がたくさんあります。大和と書いてあるけど大和はごく一部です。全体の戦争の経過を書いてある。それを書いた人を見たら先の松井宗明さん以外はどうもほとんど、元の海軍の軍人じゃないらしい。いわゆる軍事評論家。ここにありますけれど、私が調べた範囲まではいない。したがってこの内容がだいぶ違った事もあるし、正しいと思われるようには思えないものがあります。ただ平たく非常に分かりやすく書いてあるもんですから、もしご入り用でしたら、また持って参ります。

中島 ちょっと松田さんにお尋ねしたいのでございます。この訂正でございますね。二号一型電探を装備実験したのは伊勢ではなく日向であるとございますね。そうしますと日向は二号一型も積み、二号二型も積んだという事ですか?

松田 あなたの言っているのは、あの五月。十七年の。五月はねミッドウェー作戦中ですか。

中島 その時ね、私の書いたのをちょっと読んでみますとね、ついで一メーター半として小型化した一号二型を造り、続いてこれを艦艇用として、二号一型。昭和十七年五月、伊勢に装備して実験を行った。その次にですね、昭和十六年十月、ようやく帰朝した伊藤庸二造兵中佐は対水上艦艇用のマイクロ波レーダーの研究を急いだ。マグネトロンを発信検波に使用する超再生検波方式を選んだ二号二型電波探信儀にまとめ上げ、日向に仮装備して実験に着手した、と。そうしますとね、両方積んだっていう事です。ここにご指摘になったのは二号一型でございますね。そうすると、両方とも日向に積んだんじゃないか。

松田 初めはね、二号一型はね、十七年の五月と書いてある。

中島 これ二号一型っていうのはね、電波が長いやつなんですよ。一メーター半か二メーターか。一メーター半だと思うけど。それで大きなアンテナこう回すやつ。二号二型っていうのはラッパなんです。それで、日向に積んだのは二号二型のはずなんです。私はそう記憶している。だからね、これはね二号二型っていうのはここで申しましたように、非常に安定が悪くて問題があって、それでもうミッドウェー出る前に降ろせとかいう問題が出てる。その方だけだと思うんです。これは訂正したら、(かえっておかしい)。

松田 ただね、時期がね。

中島 時期はね、十七年の五月頃積んだんです。それで実験を始めた。それで実験をしてね、いけない、っていうんで日向で降ろそうとしたけど、もうすぐ出航になるから降ろさないってそのまま積んで行って、そしたら霧中航行なんかで役に立ったんで、あれはもっと研究する必要があるという事になった、と私は聞いております。

松田 分かりました。その通りだろうと思います。私はね、あんまり何があったと言われても分からないものだから、とにかく艦艇用のやつは日向で、そして大和でやったのは射撃、そのほかにありましたけれども。松井宗明君が、だいぶ苦労したらしいけれど、まだほかにたくさん(電探を載せてくれという)希望があるのに、大和に五台も積むなんてけしからんと。

中島 それはまだ後の話ですからね。それからね、もう一つ教えて頂きたいのは、自衛艦を見学して説明を受けた暗号解読の情報機械の件。この暗号解読とはどの程度のもんでございますか。という事はね、お尋ねしますのはね、暗号解読というものは船の中で簡単にいくものじゃないと私は思っている。で今、例えばね、ストリップっていうやつがありますよね。ああいうのをね、既にやり方分かっていて、それで船の中でそれをやれって言うのなら分かりますけども、解読という事になりますとそういう分かったものを、ちょっとやるんじゃなくてもっと本式の事、それはとても船の中でできないと私は解釈している。恐らく、これはあれだと思うんですよ。十七年のアメリカのほうが急に電探は働き出したのはですね、上で判断しないで下に後のCICの元になるものを下に置いて、護衛艦がしっかり、そこでレーダーのデータを持っていき、ほかの情報もそこで一緒にして、そこから上に色んな事を知らせたと。それが更に発達してですね、アメリカでは今、もっぱらそういう情報を電報で来たのすべてをそこでさばいてる。それと同じじゃないかと思うんですが。これにはとても、その暗号解読なんかそこでできるはずないと思うんです。それがもしもできるとなればですね、これはえらいことになるし、まぁ暗号にもよりますがね。そこで、何かもっとご存じならお教え頂きたいと思います。

寺崎 松井宗明に来てもらったら、専門家だから。

土肥 今の問題は色々細かい色んな問題があると思いますが、みな関係の方はひとつもう一度何かメモみたいなものを出して頂きますと都合良いんじゃないかと思います。改めて、曽我さん。


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