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[証言録]海軍反省会 3
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歴史
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【曽我発表】戦争は自然科学現象 戦争の抑止には高度の科学技術と哲学を必要とする

『[証言録]海軍反省会 3』
[編]戸高一成 [発行]PHP研究所


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曽我 では、ただ今から私の所見を述べさせて頂きます。お配りしております、前に一年有余にわたりまして反省会に参加させて頂いて、みな様の貴重なお話を拝聴することができましたのは私にとって終世の喜びで、厚くお礼申し上げます。昨年の六月十七日に私に課せられたのは、科学と技術の面から意見を出すようにとの事でした。その辺何とかなるだろうと思っているうちについに十二月になって、一月二十五日に話をする事に決定し、やむを得ず去年の暮れに原稿を書いたわけで。野元反省会会長さんは、海軍兵科将校の将官であると共に、哲学には特にご造詣の深い方でありますから、私の今回の反省の意見にも、哲学的な考察が少しは含まれていると、ご期待しておられるかと思いますが、これがまた非常に難しい問題じゃないかと私は思っております。というのは、哲学は本質的に戦争とは相容れないものがあります。この構造は結構問題になると思いますけれど、あえてそれを入れておきます。


 大東亜戦争において、日本の敗戦という現実は、帝国海軍軍人として否認したいのですが、現実は否認できません。そうすると、今まで良き海軍と自認しておった一切のものを否認しなければ、哲学的に不合理となります。そうすると、反省意見を書かなくて済むので結構だと思うのですけれども、しかしまぁ書けとおっしゃるので、難しい事は抜いて、どうにか所見を集めてみる事にしたんです。


 私は戦争というものを次のように考えておるんです。民政のためにエネルギーの変換をやる事を政治と思っております。民政のひずみが極限に達し、大修正をやるために、エネルギーの変換をやるのが、事変であったり戦争である。こういうふうに私は戦争というものを思っております。エネルギーは人間といえども新しく作る事ができないんです。できるのは、その変換だけなんです。形を変える事はできる。その変換の巧拙は、科学技術の領域です。戦争の勝敗は、エネルギーの変換が、上手いかまずいかではないかと、こう思っております。ここまでは非常に、一応筋が通っているつもりですが、エネルギーの変換のある所、必ずエントロピーの増加があるんです。そうして秩序は乱れ、参戦国は勝敗の区別なく、このエントロピーの後始末をつけなくてはなりません。以上のような理念から戦争抑止を、戦争の遂行を、終戦処理を筆頭に絶対に必要なのが、高度の哲学思想は当然であると共に、科学技術的には量子力学、統計力学、熱力学などに、具体的留意がなければ、これは戦争にならないのです。


 戦争は自然科学の一つの現象であって、人類から完全にシャットアウトする事は、これは不可能と思っています。宗教でも戦争を止めることはできない。高度の科学技術と哲学とを駆使されていれば、真の平和が望める。こういう、その所見で話を進めたいと思っております。


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