『[証言録]海軍反省会 3』
[編]戸高一成
[発行]PHP研究所
最後に、予備生徒教育と予備士官の教育召集について。日露戦争の時は、商船学校の予備生徒を砲術学校砲術練習所で教育して、半年くらい。そして国家試験を受けて、海軍の予備少尉として召集できるわけです。ところが、あの頃あんまり予備士官を当てにしてなかった。それで第一次世界大戦になるというと、イギリス辺りは予備士官をたくさん使った。で、その時日本の海軍は、日本の海軍でも将来日米戦争があれば大量に予備士官を召集するんだから、教育を真剣に考えにゃいかん。それまで、日露戦争頃は何を教えていいか分からんから、もっぱら縦隊教練、陸戦の小隊長くらいの事を一生懸命やった。