『田中角栄と越山会の女王』
[著]大下英治
[発行]イースト・プレス
昭和二十八年に入ったある日、曳田が、雑用をこなしていた昭に言った。
「この清書を頼むよ」
渡された原稿の冒頭には、「わたしの主張」と書かれていた。その横には、田中の名でなく、曳田の名前が添えてある。
昭は不審に思った。
〈どうして、オヤジの名でなく、曳田さんの名前が添えられているのだろう〉
曳田が田中の意見をまとめたのなら、田中角栄と署名すべきである。それなのに、曳田があえて自分の名前を書いたのは、自分の野望の宣言と自己主張したいのかもしれない。
曳田は、その当時、佐藤栄作についている大津正秘書、塚田十一郎の中田松彦秘書とならぶ大物秘書として、「秘書会の三羽ガラス」と言われていた。