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田中角栄と越山会の女王
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ルポ・エッセイ
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「目白にオヤジを取られてしまった」

『田中角栄と越山会の女王』
[著]大下英治 [発行]イースト・プレス


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 田中の入院の長期化で、派内の情勢は変わりつつあった。


 二階堂進は、一万人を集めるパーティーをひらくと公言。発起人を、田中の政敵である三木武夫に頼んだ。さらに、三木事務所で開かれた「桜を見る会」にも出席していた。そのことが、創政会だけでなく、田中派内に不信感を募らせていた。

〈そのうち、田中派が分裂してしまう〉


 昭子にとって、田中派分裂こそ、最大の危機であった。なにがあっても、それだけは食い止めたかった。


 金丸と昭子との会談が実現したのは、四月二十三日のことであった。金丸は、創政会をつくったいきさつを昭子に説明した。


 昭子は言った。

「田中が苦労してつくりあげた最大派閥田中派を二分、三分してしまったら、創政会の竹下さんといっても、総理の目はないですよ。二階堂さんも、目がない。最大派閥、そして田中軍団と言われて初めて、その力が発揮できたんですよ。そのためには、どうしても田中派を分裂させてはならないんですよ」

「それは、そうですな」

「いま、二階堂先生の励ます会のことで、派内でスッタモンダが続いています。どうか派の会に切り替えるように説得できないでしょうか」


 金丸は、小鼻をふくらませた。

「自分の意見も、ママとまったくいっしょだ。田中派を割って、二階堂も、竹下もあったものではない。このままでは、竹下の目も潰れてしまうだろう。ただ、梶山、小沢が強くて困っているんですよ。このことに関しては、ちょっと時間がかかりますから、もうしばらく待ってください」


 昭子は、五月のゴールデン・ウィーク前から、ヨーロッパ旅行に出かけた。さすがに、この二カ月あまりの情勢の変化に疲れ果てていた。その帰りの飛行機のなかで、新聞に目を通した。ひとつの囲み記事が目に飛び込んできた。

「田中角栄、目白邸にもどる」


 昭子は安心した。

〈オヤジは、そこまで回復したのね〉


 脳裏に、田中がいつものように右手を挙げて「ヨッ!」と事務所に入ってくる姿が浮かんだ。


 が、事態は、思ったようにはいかなかった。じつは、田中は、長女眞紀子の手によって、四月二十九日に病院から密かに連れ出されていたのである。病院に詰めていた秘書の早坂茂三ですら、気づかなかった。


 早坂は憤慨していた。

「目白にオヤジを取られてしまった。あのままだったら、じきに回復したものを」


 眞紀子は、さらに渡辺恒彦東京逓信病院院長、加嶋政昭医師、早坂の三人を絶縁すると発表した。


 田中事務所内は、思ってもいなかった眞紀子の行動に、色めき立った。

「どうなるんだ、これから……」


 目白の秘書たちは、すでに辞表を提出する心づもりでいるという。昭子や早坂が、これからの田中事務所の運営対策について話し合っていた六月六日のことである。橋本龍太郎が、田中事務所に飛び込んできた。

「ママ、この事務所が閉鎖されると発表されたよ」

「なんですって……。そんなこと、なにも聞かされていないわよ」


 昭子にとって、まさに寝耳に水であった。橋本が続けた。

「たったいま、(田中)直紀が発表したんだよ」


 橋本の後につづいて、田中派の議員たちが次から次へと集まってきた。

「ママ、いったいどういうことなの」

「わたしにも、わからないの」


 越山会会長原長栄が、田中事務所にあらわれた。昭子は、原に詰め寄った。

「いったい、これは、どういうことなんですか」

「眞紀子さんの言われるようにしただけです。あとは、知りません」


 昭子は、唇を噛みしめた。

〈これまで三十三年間、田中と苦労をともにしてきたのに、事務所の閉鎖について、なにも聞かされないなんて〉


 おまけに、自民党担当の記者クラブである平河クラブに一枚の紙が貼り出された。

「佐藤昭子と早坂茂三は、田中家とは何の関係もありません」


 事務所に集まっていた議員のひとりが、悔しそうにこぼした。

「本丸を潰すなんて。オヤジが、こんな人だとは思ってもいなかった。子分たちのことを考えない人だなんて……」


 昭子は、きっぱりと否定した。

「そんなことはないわ。オヤジは、人を切ることができない人よ。そんな人が、いきなり事務所を閉鎖するなんてできないわ。おそらく、ほかの人の意向にちがいないわ」


 田中は、それほど薄情な男ではない。それが自分に(あだ)ともなるほど、情が濃かった。橋本龍太郎が、よく昭子にこぼしたものだ。

「オヤジがいちばん悪いよ。だって、オヤジの悪口を言われたからって、おれたちがカッカときているのに、オヤジはとっととその相手と仲良くなって、執務室の中に入れているんだから。あのくそったれオヤジ!」


 つまり、どんなに政敵に悪口を言われても、すぐに許してしまう。敵でさえ、心から憎むことのできない男が、もっとも近くにいる事務所の者たちを裏切ることなど、あり得ない。


 昭子は、翌日から、事務所を引き払う準備にかかった。田中の身内から電話が入った。

「事務所が閉められたとオヤジさんに話したら、ひどいショックを受けていました。三時のおやつはおろか、夕食にまで手をつけようとはしなかったんですよ」

「…………」

「でも、なんとかなぐさめて食べさせましたけどね」

「そう、オヤジには、早く元気になるように伝えてちょうだい。オヤジが帰ってくるまで、事務所は、わたしが守りますからとね」


 昭子は静かに電話を切った。が、胸の内は、燃えていた。

〈オヤジが帰ってくるまで、がんばり抜いてみせるわ。田中派は、絶対に分裂させないわ!〉



 功は焦るな。自分に実力があれば、運は必ず回ってくる。



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