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(2021/11/26 追記)

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詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

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患者さんには絶対聞かせられない ナースのぶっちゃけ話
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エンタメ
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起きたら行きます

『患者さんには絶対聞かせられない ナースのぶっちゃけ話』
[著]みずさわじゅん [発行]彩図社


読了目安時間:4分
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 その患者が亡くなったのは、午後10時頃だった。


 容態が急変し、家族に電話する時間もなく亡くなってしまった。当直医が患者を診ている間に、私は家族に電話をかけた。患者は父1人息子1人の家庭で、他に血縁はないようだった。


 30回くらい呼び出し音を聞いて、やっと息子が電話に出た。

「SS病院、病棟看護師みずさわですが、N田さんのお宅ですか?」

「はい。そうですけど……」

「お父様の容態が急に悪化しました。今すぐこちらにお越しください」

「ええ~。今からですか?」

「はい。今すぐに来ていただきたいんですが」

「まだ生きてるんですか?」

「はあ?」

「まだ息はあるんですかね?」

「えっと、もう、呼吸は止まってまして……。お亡くなりになるのは時間の問題かと……」


 なんだか様子がおかしい。父親が危篤だと伝えているのに、驚きもせずのらりくらりと返事をしている。もしかして、家が遠くて交通手段がないのかもしれないと住所を確認したが徒歩圏内だ。

「お越しになることはできませんか?」

「もうね、薬飲んだんですよ。睡眠薬ね。いつも飲んでるやつ。そやから、明日起きたら行きますわ」


 一瞬、何と答えていいのかわからず絶句した。

「そしたら……」


 おまけに、息子は電話を切ろうとしている。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「なんですか?」

「お父様がお亡くなりになるんですよ! 明日の朝ってことはないでしょう?」

「でも、薬飲んだから家出れませんねん」

「家出れないって……。なんとかなりませんか? 他にどなたか来てくださる方は?」

「いてません」

「そしたら、なんとかして来てください」

「そやから、薬飲んだって言いましたやん。親、死んだんですか?」


 またもや絶句させられる。

「あのね、あなたのお父様ですよね?」

「そうです」

「だったら、そんなこと言ってる場合やないでしょ!」

「でも、睡眠薬飲んだら家から出るなって言われてるんで」

「何時に飲むんですか?」

「いつも夜の8時に飲んでます」

「早すぎませんか?」

「何時に飲もうと僕の勝手です」


 それはそうだと思うけれど、こちらとしてもなんとかして来てもらわなければならない。お父様はもう、亡くなっているのだ。

「実は、お父様はもう心臓も呼吸も止まっておりまして、ご家族の方と一緒に死亡確認をさせていただきたいので、来ていただかないと困るんです」

「それやったら、急ぐ必要もないでしょ? そっちで確認しといてください。明日、起きたら行きますわ」

「申し訳ありませんが、当院には霊安室がありませんので、お亡くなりになりましたらすぐにご葬儀屋さんを手配していただいて、お迎えに来ていただかないといけないんです」

「わかりました。明日起きたら葬儀屋さんに電話して迎えに行ってもらいます」

「いや、そうじゃなくて、ですね……」

「それやったら、葬儀屋さんに今から電話して迎えに行ってもらいますんで、葬儀屋さんに渡してください」

「それはできません! 死亡診断書もお渡ししないといけませんし、ご家族がいらっしゃる方は、ご家族と一緒にお帰りいただかなくてはいけませんので」

「そしたら、やっぱり明日起きたら行きますわ」


 話は堂々巡りで、先に進まない。息子は意地でも朝にならないと来ないつもりである。今夜は満床で個室も空いていない。4人部屋に朝までご遺体を置いておかなければならなくなる。横で寝ている患者は堪ったものではないだろう。


 なんとかして来てもらう方法はないかと思案したが、打つ手はなかった。

「では、明日何時に来られますか?」

「そうですね……。9時頃かな?」

「それは困ります! 5時とか6時とかにはお越しになれませんか?」

「その時間は寝てるから」

「目覚ましで起きるとかできるでしょう?」


 小さな子どもと話をしているみたいになってくる。

「その時間は薬が効いてるから」

「8時に飲んだんですよね?」

「そうです」

「睡眠薬は長くて8時間程しか効きませんから、朝4時には効き目は切れてると思いますよ」

「いや、僕は10時間効くんで」


 もう意味がわからない。話の通じない相手に、遂に根負けしてしまった。

「そうしましたら、明日の朝7時に来てください」

「起きたら行きますわ」

「7時に起きて、来てください! いいですね。お願いします!」

「行けたら行きます」


 完全に私の負けだった。


 息子は、7時になっても、8時になっても来なかった。


 午前9時、息子はナースステーションに顔を出すことなく、父親を葬儀屋のストレッチャーに勝手に乗せて帰ろうとした。葬儀屋が死亡診断書をもらうようにと息子に言わなければ、彼は黙って退院するつもりだったようだ。

「死亡診断書ください」


 それが、彼が病院に来てからの、最初で最後の言葉だった。

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