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江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城
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歴史
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はじめに

『江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城』
[著]八幡和郎 [発行]イースト・プレス


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お城を知れば、「真実の歴史」が見えてくる


 城下町を故郷に持つ人は、それを誇りにしているし、羨望の的である。白亜の天守閣は華麗にして(せい)(れつ)、曲線が美しい石垣と(あお)い水を満々とたたえたお堀の見事なコントラスト……(りん)とした町並みのたたずまいなど、日本人の美的感覚の原点ともいえるものがそこにある。


 だが残念なことに、世界文化遺産にもなった(ひめ)()城のように、その美しさをほとんど犠牲にすることなくいまに伝えているものは例外的だ。天守閣が残っているのは姫路城のほか(まつ)(もと)城、(いぬ)(やま)城、(ひこ)()城を加えた国宝四天守など一二城でしかない。


 しかし、(やぐら)や門が残っている、石垣や堀がせめて本丸だけでも保全されている、といったあたりを数えていくと、一〇〇くらいのお城が合格点を取れそうだ。また、()()(たか)(やま)のように、お城の面影はなくても城下町は十分な()(ぜい)がある町も多い。


 廃城令で城が壊されることになったのは(めい)()六年(一八七三年)のことである。せっかく先祖代々大事にしてきたものを、どうして簡単に捨て去ったのか。多くの城が廃材として払い下げられ、風呂屋の薪などになったのはなぜなのかと誰しもが疑問に思う。


 逆に、どういう事情があったときに、廃城令が新政府から出ているにもかかわらず保存することができたかも興味深いことだ。


 本書では、イントロとして、それぞれの城がどのように築城されたのか、殿様はどんな由緒の家柄なのかといったことも紹介してあるが、メインテーマは幕末維新の動乱におけるその藩の対応であり、その城が廃藩置県と廃城のあとどうなったか、幕末にあった一七〇城すべてについて調べた。


 まだまだ不十分で自分でも納得がいったわけでないが、これまで網羅的にこの問題を扱った著作はなかったので、おもしろいものになっていると思う。


 また、歴史観としては『()()三〇〇藩 最後の藩主』((こう)(ぶん)(しゃ)知恵の森文庫)など以上に維新への積極的な評価を基軸にしている。


 近年、江戸時代に対する肯定的な評価が流行している。しかし、江戸時代の身分や男女の違いによる過酷な差別と自由のなさ、経済の停滞、軍備の近代化の遅れによる植民地化の危険増大など暗黒時代そのものである。


 教育水準が高かったというのは都市伝説にすぎないし、環境先進国だったというのも物不足のために大事に使っただけだし、山は禿()げ山だらけだった。江戸の庶民は楽しそうだが、彼らは運がよい特権階級で、現在の(きた)(ちょう)(せん)における(ピョン)(ヤン)市民と同じだ。


 私は維新への低評価と江戸時代への肯定的な(どう)(けい)の背景には、東アジア全体での(しゅ)()(がく)的な価値観の復権があると思う。(こう)()(もう)(たく)(とう)から()(かつ)のように嫌われたが、現代中国では復権が進んでいて、天安門広場に銅像をいったん設置してまた撤去するといった混乱が続いている。(かん)(こく)では(パク)(チョン)()大統領のころは()()朝鮮時代はひどい時代だったと位置づけていたが、最近では(はん)(りゅう)歴史ドラマなどで非現実的な美化が行われている。


 最近の中韓の非論理的な反日気分も、(だい)(しん)帝国や李氏朝鮮時代がいい時代だったとすれば、それを否定した近代日本はひたすら悪者という結論になるのだと思う。いま流行の反(さっ)(ちょう)的歴史観と中韓の反日暴走には共通した背景があると思う。


 少なくとも、日本は東アジアの古い朱子学的な世界から抜け出し、西洋近代文明は欧米人だけのものでなく、人類普遍の正義だと示したことで世界に貢献した。その意味で、ここではあえて薩長()()史観というべきものを前面に出して幕末維新を語ってある。薩長土肥はたまたまの勝者でなく、革命をなしうる理由があったのである。


 城との関連では、()(ばく)()の城は残させてもらえなかったという都市伝説があるが、まったく根拠がない陰謀史観だ。たとえば姫路藩は典型的な佐幕派なのである。


 また、その考え方の延長で、日本が世界の最先進国のひとつであった()(づち)(もも)(やま)時代への前向きな評価も示してある。


 日本の城と城下町のほとんどは、安土城が一五七六年に築城されてから一六一五年の大坂夏の陣の直後くらいまでの半世紀に築かれたものであるし、美術史的な価値でもこの時期のものが群を抜いており、江戸中期以降に行われた改変は堕落でしかない。


 そして、この黄金の日の主役は、(くろ)()(かん)()()()(とう)(きよ)(まさ)(とう)(どう)(たか)(とら)といった()(だい)の都市計画プランナーたちだった。


 もし徳川の天下にならなかったら、日本は明治を待たずして世界の最先進国のひとつだったはずだが、城も城下町も素晴らしい進化をしたに違いない。


()(わた)(かず)()

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