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江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城
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歴史
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天守閣復元への機が熟す──香川、徳島、岡山、鳥取

『江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城』
[著]八幡和郎 [発行]イースト・プレス


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036── (さぬ)()国 (たか)(まつ) 松平家 香川県高松市 一二万石


「海の(しら)(さぎ)城」というべき存在だったのが讃岐高松城だ。瀬戸内海に浮かぶ海城で、総漆喰塗籠式でかなり大型の天守閣が東西に行き交う船からも眺めることができたはずだ。この城の縄張りをしたのは黒田官兵衛だ。讃岐では豊臣秀吉による四国制圧のあと、(せん)(ごく)氏、次いで()(とう)氏が領主になったが、二人とも九州攻めの不手際で改易され、生駒親正が讃岐一国を拝領した。生駒氏は(きつ)()ともいう織田信長の準正室的な存在で、(のぶ)(ただ)(のぶ)(かつ)(とく)(ひめ)の母である女性の実家だ。手広く商売もやっていた土豪で、蜂須賀()(ろく)(まさ)(かつ))ともビジネスパートナーであり親戚である。その親正が入国し、官兵衛を呼んで城地の選定を頼んだところ、北は海、東西は湿地帯で南だけ守ればいいというこの地を推薦された。


 だが、生駒氏はお家騒動で取り潰しになり、代わって入国したのが「()()(こう)(もん)」こと徳川(水戸)(みつ)(くに)の兄である松平(より)(しげ)だ。そういう家柄のため、四国の県庁所在地のなかでいちばん石高は少なかったが、格式はいちばん高かった。彦根や会津とともに江戸城中でも(たまりの)()という「最高顧問部屋」の常連であった。松山藩などは時々だけだった。




 幕末には(より)(たね)が井伊直弼と手を組んで本家筋の徳川(水戸)斉昭と対抗し、あわよくば本家を乗っ取ろうという勢いだったが、桜田門外の変のあとは立場が悪くなった。鳥羽・伏見の戦いでは伏見まで出兵したが、形勢不利と見て高松へ引き上げた。それでも追討命令が出たため恭順し、二家老が切腹して城も明け渡すことになった。さらに二月末になって(より)(とし)が入京して八万両を献金し、官軍に加わることを許された。


 最後の殿様の頼聡は直弼の娘を正室としていたのを政変で離縁したが、明治になって復縁した。最初の輿入れのときに持ってきた(ひな)道具は離縁のときに戻され、復縁のときには井伊家に残されたため、いまは彦根城博物館で見ることができる。頼聡の子で直弼の外孫が(より)寿(なが)で、昭和になって貴族院議長を務めた。

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