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江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城
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歴史
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消えた城、シンボルになった城──京都、兵庫

『江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城』
[著]八幡和郎 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:19分
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【番外】(やま)(しろ)国 (ふし)() 京都府京都市



 旧宮家に(ふし)(みの)(みや)というのがあるが、もともと伏見のという()()(がわ)(かん)(げつ)(きょう)(たもと)にある()(げつ)丘の上に住んでいた。これを買収したのが豊臣秀吉で、隠居城にしていたが、直下型の大地震で崩壊してしまった。いまはその故地はUR(都市再生機構)の団地になっている。秀吉は新しい城を北東の()(はた)(やま)(宇治市)に築いた。秀吉が死んだのはここだ。


 その後、徳川家康が居城にしたが、関ヶ原の戦いの前夜に(とり)()(ただ)(まさ)が立てこもって焼けてしまったため同じ場所に再建し、一六〇三年にここで将軍(せん)()を受け、駿河に移った一六〇七年まで住んだ。さらに秀忠や家光の将軍宣下もここでの出来事だ。


 一六二五年になって廃城となり、京都での将軍の滞在先は二条城、西国統括は大坂城という役割分担にした。秀吉の思い出を消すためという俗説があるが、伏見城こそ徳川幕府発祥の地であるからありえない説だ。こういう、ちょっと考えればおかしなことが通説になるから困ったものだ。


 城跡には桃の木が植えられて(もも)(やま)と呼ばれることになり、建物は同時期に建設された二条、淀、郡山、大坂、福山の城や寺社に移された。皇居()(じゅう)(ばし)の伏見櫓もそうだ。ただ、伏見の町は京都港として栄え、伏見奉行所が置かれ、日本有数の重要都市だった。


 明治天皇が自分の陵墓をここにつくるように指示されたため、本丸跡に伏見桃山御陵がある。天守閣跡はその背後にあるが、普通には立ち入れない。現在の鉄筋コンクリートの天守閣は城内の端の少し外れたところに建っている。本来の桃山時代らしい色彩感覚が再現されたことは画期的なものだった。



【番外】山城国 ()(じょう)城・(じゅ)(らく)(だい) 京都府京都市



 室町幕府一五代将軍(あし)(かが)(よし)(あき)のために織田信長が築いた第一期、本能寺の変のときに信長の嫡男信忠が籠城した第二期、徳川家康が築いた第三期の二条城はすべて別のもので、場所も違う。

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