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江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城
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歴史
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第六章 関東編

『江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城』
[著]八幡和郎 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:2分
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 関東の城が西日本の城といちばん違うのは、石垣ではなく土塁が主体だということだ。物資の運搬が容易ではなく、土木技術も進んでいなかった時代には、建築も土木もその地域の風土や産物によってずいぶん違うものだった。


 たとえば、関西の地質は馬が走るのに向いていなかったため、農耕も運搬も牛に頼っていたなどというのも一例だ。


 城にあっては、関東には良質の石材が少なかったため、ほとんどの城が土塁で縄張りを構成していた。


 さすがに江戸城は石垣も立派だが、皇居の()(どり)()(ふち)周辺あたりの風景を見ても、土塁の上部に少し石垣が積まれているだけだ。西日本でも彦根城では江戸城と同じように土塁の上に石垣という箇所が多いのだが、これは武田氏旧臣が主体の彦根藩が甲州流の縄張りで築城したからだ。


 しかし、土塁ではだいたい四五度以上の角度を持たせることができず、櫓などを張り出すような形で建てることも無理なため、土手の上にちょこんと乗っているような外観になる。なんとなく締まらないため、最近は関東でせっかく櫓などを復元しても石垣の上に乗せることが多いが、歴史的な風景と違うものになって、ちょっと残念である。


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