読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-2
kiji
0
0
1109002
0
江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城
2
0
0
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
日光参詣と宇都宮の吊り天井──栃木、群馬、埼玉

『江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城』
[著]八幡和郎 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:16分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

115──(しも)(つけ)国 ()(つの)(みや) 戸田家 栃木県宇都宮市 七・七万石



 本丸御殿は藩主の住まいであることが普通だが、宇都宮城では二の丸にあった。というのも、本丸御殿は将軍が日光社参をするときに使うものだったからだ。江戸時代の初期は将軍上洛が威光を示す最大のイベントだったが、派手にやりすぎて同じように続けられなくなり、代わりに日光(とう)(しょう)(ぐう)にお参りすることになった。


 何しろ一〇万人以上の行列だったため、これすらも財政負担に耐えられなくなり、一六六三年に徳川家綱が行ったのち、一七二八年の吉宗、一七七六年の(いえ)(はる)、一八四三年の家慶だけしか果たせなかった。吉宗のときでいえば、武蔵(いわ)(つき)(さいたま市)と古河に宿泊したのち、宇都宮に泊まって威儀を正して日光に向かったため、宇都宮城には格別の重要性があったのだ。




 宇都宮は北関東きっての名門で藤原秀郷の流れと称した宇都宮氏の本拠であった。その後も蒲生(ひで)(ゆき)、家康の長女亀姫を母に持つ奥平(いえ)(まさ)、本多(まさ)(ずみ)などと(そう)(そう)たる城主がやってきたが、本多正純が()り天井を使って将軍の暗殺を企てたといわれる事件があって失脚するなど城主交代が相次ぎ、一七一〇年以降は七万石ほどの中規模の城下町となった。


 戸田氏は(さか)(した)(もん)(がい)の変に関係者が参加して窮地に立った。そこで歴代天皇の山陵を修築する事業を提案して勤皇派に接近していた。藩主の(ただ)(とも)は寺社奉行という要職にあったが、それを辞めて(かみ)(がた)に向かった。そして国元は官軍の側に立ち、下野(いま)(いち)(日光市)で板倉勝静を捕縛して市内に幽閉した。しかし、大鳥圭介らが率いて土方歳三などが参加した部隊の攻撃を受け、板倉も連れ去られて城も明け渡した。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:6907文字/本文:7720文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次