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江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城
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歴史
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仙台藩の影が薄かった理由──宮城、福島、岩手

『江戸全170城 最期の運命 幕末・維新の動乱で消えた城、残った城』
[著]八幡和郎 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:18分
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127──()()国 (せん)(だい) ()()家 宮城県仙台市 六二万石


(どく)(がん)(りゅう)政宗」は宮城県民の誇りだが、伊達軍団はむしろ福島県の土豪連合だ。常陸か下野あたりの藤原姓を名乗る武士が源頼朝によって陸奥伊達郡(福島県伊達市)の()(とう)になり、やがて米沢に進出し、会津を一時攻略したが豊臣秀吉によって米沢に戻され、さらに現在の宮城県にお国替えになった。このころの宮城県は(こん)(にち)のような穀倉地帯ではなかったが、政宗は家臣たちに領内各地を分け与えてそれぞれに開発を競わせた。このために石高が一気に増加したのはいいのだが、直轄地が少ないため財政難の解消はほかの藩より難しかった。


 一時期は大阪の(ます)()という業者に丸投げして経済運営をした。そのときの番頭が(やま)(がた)(ばん)(とう)であった。しかし、升屋もうまい汁を吸い尽くすと御用商人を辞退したため財政破綻のなかで幕末を迎え、大藩らしい行動は望むべくもなかった。


 勤皇派の家臣遠藤(さね)(のぶ)が失脚し、佐幕派の(ただ)()()()の主導にあるなかで、()(じょう)(みち)(たか)を総督とする奥羽鎮撫総督府に会津征伐を促されて出陣するものの戦意はなく、白石で会津の虫のいい条件での降伏を官軍が受け入れることを嘆願する奥羽列藩会議を主宰してサボタージュする形となった。


 そして、態度が横柄だった長州藩士の()()(しゅう)(ぞう)を仙台藩士が福島で襲って処刑したとき、奥州全域討伐を具申する世良の手紙を見つけて奥羽列藩同盟を成立させた。だが、征長戦争のときでも長州は三人の家老を切腹させているのだから、責任者の処罰回避に固執する会津の主張をそのまま伝達しても新政府が受け入れるはずもなく無理な主張であり、官軍としての正式の方針ではなく、世良個人の主張に腹を立ててもしかたないのだが、もう止まらなかった。しかも、もともと軍備の近代化をいい加減にしかやっていなかったため敗退を重ねるしかなく、二八万石に削減され、白石などを失うことになった。

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