『ザ・ビートルズ 解散の真実』
[著]ピーター・ドゲット
[訳]奥田祐士
[発行]イースト・プレス
リチャード・スターキーはガールフレンドの女優、バーバラ・バックとバハマ諸島の貸家で飲んでいたとき、秘書のジョアン・ウッドゲイトから連絡を受けた。「ジョンが怪我をしたという電話を何本かもらったんだ」と彼はふり返っている。「そのあと、今度は彼が死んだと聞かされた」
残されたビートルたちの中で、最初にこのニュースを知ったのは彼だった。「ジョンはオレの親友だったし、彼の奥さんとも友だちだ。それであんな話を聞かされると……」。恐怖心が、外界から身を護る壁となっていたアルコールの麻酔のような靄を突き破った。「なにもせずに、どうしたらいい? と考えている場合じゃない。とにかく……なんとかしなきゃならなかったし、ニューヨークに行くしかなかった」
スターキーはまず、イギリスにいた先妻のモーリーン・コックスに電話をかけた。彼女の家に泊まりに来ていたシンシア・レノンは、絶叫に眠りを破られた。数秒後、寝室に飛びこんできたコックスが彼女に告げた──「シン、ジョンが撃たれたの。リンゴからの電話よ。あなたと話したいって」。シンシアが電話に駆け寄ると、男の泣き声が聞こえてきた。「シン」、スターキーはすすり泣いた。「残念だ。ジョンが死んだ」。彼女は受話器を取り落とし、罠にかかった動物のように咆吼した。
ジョージ・ハリスンの姉のルイーズは、フロリダ州のサラソータで床についた直後、友人からの電話でTVをつけるように指示された。「最初に思ったのは、ジョージになにかあったんじゃないかということでした」と彼女はふり返っている。「ニュースを知ったとき、わたしはふたつの感情に襲われました──ジョージは大丈夫だったという安堵の念と、ジョンの身に起こったことに対する恐怖心です」。彼女はすぐさまフライアー・パークの弟に電話をかけようとした。ロンドン郊外のヘンリーに立つ、ありえないほど広大なゴシック調の邸宅である。だがだれも出なかった。
「あのころは電話を、階段の下に置いていたんです」と彼女は回想している。「そのせいで気が散るのを、ジョージは嫌がっていましたから」。それから二時間、彼女は何度も電話をかけ直したが、聞こえるのはいつまでも止まらない弱々しい呼び出し音だけだった。
銃撃から一時間がすぎたイギリス時間の午前五時ごろ、BBCはついにニュースを全世界に送り届けようとしていた。プール湾を見下ろす自宅で、七四歳のミミ・スミス──ジョン・レノンを六歳のころから育ててきた彼の伯母──は、BBCワールド・サーヴィスのラジオ番組が奏でる心地よいドローン音を夢うつつで聞いていた。
甥には九年間会っていなかったが、その二日前に、新年になったらイギリスに帰るという電話を受けたばかりだった。自分が起きているのかもはっきりしないまま、彼女は彼の名前を聞き、ラジオのアナウンサーがレノンについて話していることに気づいた。そのとたん、子ども時代の彼にさんざん味わわされた思い──「今度はなにをしでかしたのかしら?」──がよみがえり、そんな彼女にアナウンサーは、ずっと抱いてきた懸念が現実になったことを知らせた。彼女はひとりベッドに横たわり、心の中から希望と喜びが消えていくのを感じながら、じっとラジオに聞き入った。
その一時間後にルイーズ・ハリスンはフライアー・パークへの電話をあきらめ、末弟の家の門番小屋で暮らす弟のハリーを起こした。「わたしはあいさつもそこそこに、ジョンが撃たれたことを伝えました」と彼女はふり返っている。「ハリーは朝のこんな時間にジョージを起こしても意味がないと言いました。彼にはどうしようもないことだったからです。『朝飯のあと、郵便物を持っていったときに教えるよ』と言っていましたね」