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ザ・ビートルズ 解散の真実
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ポップ・カルチャーの寵児

『ザ・ビートルズ 解散の真実』
[著]ピーター・ドゲット [訳]奥田祐士 [発行]イースト・プレス


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 一九六三年の段階で、ジャーナリストのスタンレー・レナルズは早くも、ビートルズが「じきにチャートから姿を消し、ヘレン・シャピロのような一二か月限りのスターの、仲間入りをしてしまうだろう……上出来なワクワクするサウンドに聞こえるのは、あくまでも人気のあるうちだけだ」と予測していた。


 レコードがナンバー1を取れなかったり、かつてはやすやすと満員にできていたアリーナに空席があったりするたびに、同様の意見がしつこくささやかれたが、それでもビートルズの人気が衰えることはなかった。


 一九六六年八月におこなわれた最後のライヴ公演につづく九か月の休止期間中に、ビートルズの人生は人知れず大きく様変わりしていた。一九六七年の晩春に、彼らは二〇世紀音楽の歴史を変えた作品として広く認められているアルバムのレコーディングを完了させ、それとほぼ同時に、当初は節税対策としてはじまったものの、やがてはユートピアのスケッチとなる事業計画に着手した。


 ビートルズが思い描いていたのは、破天荒なファンタジーだった──もしかすると四人のポップ・ミュージシャンに、資本主義体制を刷新する力があるのではないか。彼らは商業性に縛られずに創造力が花開く世界、アートとビジネスが喜びに満ちた結合を遂げる世界、社会が銃弾や投票箱ではなく、ビートルズとその名前が持つコズミックな力によって変わる世界を夢見ていた。だがその代わりにでき上がったのは、彼らの活力と存続の意志を搾り取り、ユートピア的なファンタジーが忘れ去られてからも、長く脱出を許されなかった、牢獄のような企業体だった。


 一九六七年夏のビートルズは、ポップ・カルチャーの寵児だった。六月にリリースされた《サージェント・ペパーズ》は、あの時代をミニチュア化して提示した──けばけばしくて大げさで、退廃的だが遊び心にあふれ、ひとりよがりだが生き生きとした時代を。彼らの夢のテクニカラー的なページに陰影を与えていたのは、威嚇的なオーケストラのクレッシェンドがシュールなパラノイアの雰囲気を漂わせる、〈ア・デイ・イン・ザ・ライフ(A Day in the Life)〉の最後の一分間だけだった。


 その夏、ロンドン、サンフランシスコ、そしてどこであろうとヒッピーたちが向かった場所で、カウンターカルチャーの住人たちは、まさしくそうした無邪気な陽気さの中にいた。ヘイト・アシュベリーやキングス・ロードをウロウロしていると、どの家の窓からも《ペパー》のおなじみのメロディが、てんでばらばらに鳴り響いてくることがあった、と当時を知る人々は、目を潤ませて証言する。


 若さと特権に恵まれた人々が、そうした一体感に喜びを見いだす一方で、そこにはつねに、妊娠、ドラッグがらみの逮捕、さらには(アメリカの若者の場合)、召集令状の到来などの脅威が存在していた。鈴とビーズとボディ・ペイントというフラワーパワーのユニフォームは、集合的なマスクであり、意識的に(あの時代の決まり文句に従えば)「同調し、覚醒し、脱落(チューン・イン・ターン・オン・ドロップ・アウト)」しようとする決意のあらわれでもあった。


 若者は一緒に集うことによって、自分たちの選んだファンタジーを護りつづけ、義務と雇用、結婚と成熟といった親の世代に押しつけられる遺産を、永久に払いのけてしまおうとしていた。


 ポップ・コメンテイターのトニー・パーマーは、「なれるものならビートルズになりたかった無数の人々の夢、希望、エネルギー、失望の結晶」がビートルズだったと断じている。彼らの富や名声が、非難されることはいっさいなかった。彼らは一見するとなんの苦労もなく、プロレタリア的な味気なさから貴族的な派手やかさへと移行していたが、それは彼らを賛美する者にも、同様の変貌を遂げる可能性があることを示していた。


 何百万もの人々が、なんの文句も言わずにビートルズに追随した。口髭、カフタン、ミリタリー調のチュニック、大麻、インドのラーガ、花々、普遍的な平和と愛──どれひとつとして、ビートルズが発明したものはない。だがグループは時代のシンボルを外の世界に送り出す、導管の役割を果たしていた。


 もはやコンサートのステージで観ることがかなわなくなったビートルズは今や、イメージの中だけに存在していた。たとえばシングルの〈ペニー・レイン(Penny Lane)〉と〈ストロベリー・フィールズ・フォーエバー(Strawberry Fields Forever)〉のプロモーション・フィルム、《サージェント・ペパー》の極彩色のジャケット、〈愛こそはすべて(All You Need Is Love)〉の世界同時中継、そしてレコーディング・スタジオに到着する彼らの姿、ギリシャにジェット機で旅発つ彼らの姿、あるいはバンガーでマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーとともに啓示を求める彼らの姿をとらえたニュース映像……。だが伝説的な四人組を生身で目にする機会は、少なくなるばかりだった。


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