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ザ・ビートルズ 解散の真実
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パジャマ姿の平和運動

『ザ・ビートルズ 解散の真実』
[著]ピーター・ドゲット [訳]奥田祐士 [発行]イースト・プレス


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 となると一九六九年夏のビートルズは、驚異的な量のレコードを売る驚異的なグループということ以外に、いったいどんな存在だったのだろう? 間違いなくジョン・レノンはその疑問に頭を悩ませ、懸念を抱いていた。「彼は自分が持つミュージシャンとしての特別な才能の囚人となることを拒否し、少なくとも最初のうちはずぶの素人だった分野にあえて挑んできた」と評論家のレズリー・フィードラーは述べている。


 ヨーコ・オノも軽い興奮状態にある自分のペニスを撮影すること(『セルフ・ポートレイト(Self Portrait)』)から、ラジオのダイアルをいじってそれを音楽と称すること(〈レディオ・プレイ〔Radio Play〕〉)まで、ありとあらゆるかたちで創造的な表現を探究するように彼をうながした。芸術を、常時記録するだけの価値がある実存の高められた状態と見なす彼女の考えに、レノンはどっぷり漬かっていた。


 一九六八年一二月、ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホールのステージに登場したレノンとオノは、黒い袋に入ったままなにもせず、ひとことも口をきかなかった。これは個人を覆い隠し、(袋に入った人間に対する非合理的な嫌悪感以外の)あらゆる偏見を無効にしてしまうことで、完全無欠なコミュニケーションを可能にする、「バッギズム」というオノのコンセプトなのだ、とふたりは説明した。


 このイヴェントは撮影され、レノン夫妻による沈黙のパフォーマンスは、ドキュメンタリーの一環としてふたつ目の芸術作品に、そしてロンドン・アーツ・ラボがその映像を見るレノン夫妻を撮影したことで、三つ目の芸術作品となった。このプロセスは無限に、嫌になるほどくり返すことが可能だった。


 すでにレノンの名声の虜になっている人々がいなければ、こうした独善的な芸術は、いっさいだれの心に触れることもなかっただろう。四人のビートルの中で、もっとも大衆から孤立する危険性があったのは彼だった。だがレノンはじきに、こうした自己中心的な芸術だけでは不十分だと思いいたった。実りあるものにするためには、かつてビートルズの音楽がそうだったように、全世界の聴衆に訴求し、その人生を変える必要があると気づいたのだ。


 一九六八年に彼は、「平和を新しい箱にパッケージしたい」と宣言していた。一九六九年になると、彼とオノは平和を売りこんだり、説いて回ったりする代わりに、その人間版になることにした。彼らは平和だけをうたい、語り、呼吸する。彼らがそのメッセージを世界に広めれば、戦争はおのずと終結するだろう──世界中に貼られたポスターに記されていたように、「あなたがそう望みさえすれば(イフ・ユー・ウォント・イット)


 ハネムーンでのベッド・インは、はじまりにすぎなかった。彼らは今や、平和のメッセージを、アメリカにおける反戦運動の中心部に持ちこむつもりでいた。ふたりはデレク・テイラーとともに、大西洋を横断する客船に乗り、先ごろ受けたドラッグがらみの有罪判決を理由にレノンが入国を拒否されると、アメリカの国境から車で一時間の距離にあるカナダの都市、モントリオールに行き先を変えた。ふたたび彼らはパジャマ姿になり、北アメリカ全域から訪ねてきたマスコミの代表者たちに応対した。

「ふたりは何時間も、ひたすら平和に関するインタヴューを受けつづけていました」と言葉たくみにレノンのスイートに潜りこんだ地元のティーンエイジャー、ゲイル・レナードはふり返っている。「『みんなが家に帰ったらどうするんですか?』とジョンに訊くと、『くたびれて、さびしくなるのさ』という答えが返ってきたんですが、あれは半分本気だったと思います」


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