『ザ・ビートルズ 解散の真実』
[著]ピーター・ドゲット
[訳]奥田祐士
[発行]イースト・プレス
業界のほうはまだ、彼──あるいはビートルズ──に別れを告げるつもりなどさらさらなかった。興業主たちは相変わらず、四人組の名前から得られる数百万ドルの夢を見ていた。一九七四年の六月には、プロモーターのビル・サージェントがとてつもないコンサートの企画をぶち上げた。それはビートルズを再結成させるばかりか、ボブ・ディランとローリング・ストーンズも同じスタジアムのステージに立たせ、同時にクローズサーキットTVの全世界中継で、四〇〇万人の視聴者にその経験を共有させるというものだった。
彼はチケットの売り上げに対する前払い金として、ビートルズに一〇〇〇万ドルの小切手を切ると確約した。しかしその程度ではまだ、アレン・クラインの要求額には届かなかった。それなりに新奇なプランだったので、ビートルたちも一応は検討したものの、その後の申し出はすべてその場で却下されてしまう。サージェントのプランにとどめを刺したのはマッカートニーだが、ほかの三人もだれひとり、彼を翻意させようとはしなかった。
一九七四年の一一月には《サージェント・ペパー》の舞台化のひとつがブロードウェイに進出し、レノンはメイ・パン同伴でプレミアに出席した。