読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1110719
0
ザ・ビートルズ 解散の真実
2
0
0
0
0
0
0
趣味
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
言えなかった言葉

『ザ・ビートルズ 解散の真実』
[著]ピーター・ドゲット [訳]奥田祐士 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:6分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


 レノンの死の直後、長年の友人だったビル・ハリーがこんな追悼文を書いた──「彼とともに実に数多くの夢が死に絶え、ロックの傑作となるはずだった作品が、数多く失われてしまった。ビートルズの再結成に関する憶測は、これで完全にとどめを刺されたのだ」


 しかし一九八一年の二月になると、その憶測は奇跡的な復活を遂げた。


 マッカートニーはビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーティンが最新式のスタジオを設立したモンセラット島に飛び、ソロ・アルバムの作業を開始していた。スタジオのマネージャーは、マッカートニーがハリスン、スターキーの両者を迎えてレコーディングするつもりでいる、と明かした──「もし今も生きていたら、ジョン・レノンもたぶん、このアルバムに参加していたでしょう」


 セッションにゲスト参加したミュージシャンのひとりに、ビートルズとは長年の友人だったロカビリーのパイオニア、カール・パーキンスがいた。彼は〈マイ・オールド・フレンド(My Old Friend)〉と題する、書いたばかりの曲をマッカートニーに聞かせた。「わたしがうたい終えると」と彼はふり返っている。


ポールは泣いていた。涙が彼のかわいいほおを伝っていたよ。するとリンダに「カール、ほんとうにありがとう」と言われてね。「リンダ、申し訳ない。泣かせるつもりはなかったんだが」と答えると、「でも彼は泣いていますし、泣かなきゃならなかったんです。ジョンの身にあんなことがあってからずっと、本気で泣き崩れることができずにいたんですから」と言われたんだ。そして彼女は両手でわたしを抱きしめ、「でも、どうして知ってたんですか?」と訊いた。

「知ってたって、なにを?」と訊き返すと、「ジョン・レノンがポールに言った言葉、彼が最後にポールにかけた言葉を知っている人は、この世界にはふたりしかいません。でもこれで三人になりました。そのひとりはあなたです。あなたは知ってるんですね」。わたしは「おいおい、怖いことを言わないでくれ! なんの話だかさっぱりわからない!」と答え、すると彼女はジョン・レノンが、ダコタの廊下で、ポールの肩を叩きながら最後に言った言葉は「たまにはオレのことも思い出してくれよ、昔なじみ(オールド・フレンド)なんだから」だったと教えてくれたんだ。



 そしてそのフレーズが、多少の違いはあったものの、パーキンスの曲のサビにも使われていたのである。「マッカートニーはレノンがわたしにあの曲を送ったと信じている。本気でそう思っているんだ」


 のちにパーキンスはその曲を、ジョージ・ハリスンに聞かせた。「ああ、ポールが教えてくれたよ」と彼は応じ、「ジョンは帰ってくる。またいつか、別のなにかが降りてくるだろう」とつづけた。三人の元ビートルたちは今や、一九六九年以来、もっともひんぱんに顔を合わせるようになっていた。

「オレたちはしょっちゅうおたがいと喋ってる。実のある話はなにもしてないけど」とスターキーは、レノンの死の余波について語っている。「みんなが元気にしてるかどうか、電話でチェックしているのさ。『やあ、ジョージ』、『やあ、リンゴ』、『さて、さて、さて』、『いや、いや、いや』。最初のうちは、なにも言えなかった。とにかく唖然としていたんだ」


 もっとも雄弁なコミュニケーションの手段は、音楽だった。モンセラットで再結成が実現することはなかったものの、少なくともスターキーは、マッカートニーのセッションに参加した。ハリスンはもともとスターキーに提供していた〈過ぎ去りし日々(All Those Years Ago)〉と題する曲に、レノンにまつわる新しい歌詞をつけた。彼はバックグラウンド・ヴォーカルにマッカートニーとデニー・レインを招き、ジョージ・マーティンにセッションの監修を依頼した。スターキーはその場にいなかったが、オケには彼のドラミングが使われていた。


 陳腐で、場違いに陽気な曲だった〈過ぎ去りし日々〉はしかし、三人のビートル全員をフィーチャーしていたという事実によって、斃れた同僚に対する公式な追悼と見なされた。その一方でマッカートニーは、自分のいわく言いがたい気持ちを、〈ヒア・トゥデイ(Here Today)〉という曲に注ぎこんだ。

「ポールは複雑な男だ」とデニー・レインはのちにコメントしている。「自分の奥深い気持ちを隠すことにかけては、ぼくが一生で出会った中で、いちばんの達人だろう」。架空のキャラクターやマンガ的なシチュエーションが頻出する彼の歌詞は、多くの場合、レインの評価を裏づけていた。


 しかし〈ヒア・トゥデイ〉の出所は違った。それはとても気弱な印象を与える歌詞だった。おそらくはマッカートニーが、自分の気持ちをかくもはっきりと表現することに慣れていなかったせいだろう。だが彼の誠実さは疑いようがなかった。というのも彼はレノンに、決して面と向かっては言えなかった言葉を伝えていたのだ──愛している。


 このころマッカートニーは、ビートルズの伝記作家、ハンター・デイヴィスと何度か「奇妙な会話」を交わしている。彼はまるでかさぶたをいじる子どものように、くり返しレノンとの関係を話題にした。「ジョンとぼくは本物の戦友だった。本当にそんな感じだったんだ。今になってわかるのは、ぼくらが一度もおたがいの魂の奥底には行き着けなかったことだ。ぼくらは真実を知らなかった。父親の中には実のところ、息子を憎んでいる人もいる。こればっかりは絶対にわからない」


 どの文言もグノーシス主義の文献のように読み解く必要があった。もしかするとマッカートニーは、自分で思っていたほど彼とレノンは親しい仲ではなかった、とみずからに言い聞かせていたのかもしれない。すると彼は自分の主張を覆した。レノンは今や、彼の代理父だった。そして「父親の中には実のところ、息子を憎んでいる人も」いた。ひとつだけ確かなのは、レノンがいなくなり、彼は取り残されたことだった。その先は?「こればっかりは絶対にわからない」


 レノンの殺害後、初となった公式なインタヴューの中で、彼はこう認めている。「ぼくは全部考えた。ぼくは全部見つめ直した」。だがそうしたところで事態がはっきりすることも、痛みが薄らぐこともなかった。この問題を解決できるものはひとつだけ、そしてそれは、彼がついに得られなかったものだった──旧友からの承認である。


この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:0文字/本文:2622文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次