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わが青春のマジックミラー号 AVに革命を起こした男
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ルポ・エッセイ
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『わが青春のマジックミラー号 AVに革命を起こした男』
[著]久保直樹 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:5分
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 最後に改めて、書いておきたいことがあります。


 まず勘違いしてほしくないのは、私は今でもOさんを恨んではいないということです。Oさんのおかげで映画の世界を開いてもらい、想像していたバラ色の未来ではなかったけど、なんだかんだで楽しい人生でしたから。


 また、『あゝ! 一軒家プロレス』の挫折から10年、そこからのリハビリを命じられたように小林聡さんから『名無しの十字架』の監督を依頼されましたが、私はまったく自信がありませんでした。


 しかし、『名無しの十字架』を観てくださった、尊敬する(かしわ)(ばら)(ひろ)()先生(『あぶない刑事』『プロハンター』『傷だらけの天使』のライター)に「こんなハードボイルド作品を撮れる監督がまだいたのか」と褒めていただいたのと、はじめは口すら聞いてもらえなかった主演の神尾佑さんに、何かのインタビューで「今一番気になる監督です」と言われた時、目の前にあの「ゆうばり国際映画祭」の雪景色が広がりました。映画監督として褒められたのは、自主映画以来のことでした。


『名無しの十字架』は、完成1カ月後に、今は亡き有楽町シネバトスで公開され、初日に長蛇の列が出来ていて驚愕しました。何も宣伝していないのに!


 ただ、長蛇の列の真相は、隣のスクリーンで上映していた壇蜜主演『私の奴隷になりなさい』を観に来た男性客だったのですが。


 ひっそりと作り、誰にも知られないままいつの間にか上映が終了した『名無しの十字架』でしたが、この作品を好きな人たちが毎年上映会を開催してくれたり、渋谷のTSUTAYAさまがDVDに「店長おすすめ」POPを付けてくれたり、作品を気に入ってくれたライターさんに「なぜ監督はバンバン撮らないのか不思議だ」と言ってもらいました。


 でも、私は『あゝ! 一軒家プロレス』で5億円を紙クズにした男、しょせん自主制作野郎、SODの名に泥を塗った男と何年もの間言われ続け、心は完全に折れていました。


 ところが、この本に書いたような経緯からAVに専念したところ、多くのメーカーが参加する「AV OPEN あなたが決める、アダルトビデオ日本一決定戦」で、SODグループ内で唯一、我がディープスだけが2年連続優勝を果たしています。


 私は、AVの世界では日本一になることができました。


 もういつでも「ゆうばり国際映画祭」へ戻りたい。でも、もはや私に映画制作費を出す会社などあろうはずがない。


 だったら、自分で映画会社を作るしかない。


 そう考え、「マメゾウピクチャーズ」を設立したのです。


 考えてみればAVメーカーは小さなテレビ局であり、小さな映画会社なのです。企画から制作、パッケージ、印刷、プレス、流通、配信、全作業を行うのですから。だからアダルトでない、一般レーベルを持てるはずだと。


『少女は異世界で戦った』『KARATE KILL/カラテ・キル』の2作において海外に狙いを定めたのは、外国人は自国の映画以外に「誰が主演?」「誰が監督?」といったようなことは、あまり求めないからです。


 あとは第5章でも書いたように、50歳にしてベテラン監督の演出を勉強したかったからです。すべては自分の作品で「ゆうばり国際映画祭」に戻るため、『あゝ! 一軒家プロレス』での挫折から復活するための準備でした。


 カッコつけて「若手のために」なんて書いていますが、本当は、もう誰も私を監督として使う人はいないとわかっているから、マメゾウピクチャーズは“自分による自分のための映画会社”として設立したのです。


 しかしマメゾウピクチャーズとしての第1作『少女は異世界で戦った』を作った翌年、ゆうばり実行委員会の塩田ディレクターが弊社を訪れ、私は「ゆうばり国際映画祭のため、映画を目指す若い才能のため協力してほしい」と頼まれました。


 内心「若い人はいいけど私はどうなるの?」と思いつつ、予想だにしない──監督としてではなく、スポンサーとして「ゆうばり国際映画祭」へ戻ることになりました。


 誰も制作費を出さないなら自分で稼げよ! こっちはヤバい橋を渡って稼いだのになぜ他人を援助しなければならないんだ!


 当初は納得がいかない依頼ではありましたが、「ゆうばり国際映画祭」から始まった自分の人生で、また「ゆうばり国際映画祭」に戻る意味はこれだったのかと思うようになりました。


 自問自答をした挙げ句、自分のように映画に翻弄され、監督として埋もれて消える才能のある若者がいるなら救ってあげたい。そう思いました。


 これが私の人生をスリリングにしてくれた、「ゆうばり国際映画祭」への恩返しです。


 さらに「グランプリ受賞者がスポンサーで戻ってきたのは長い歴史上、前代未聞」と言われ、これが自分の役割なんだ──と今は前向きに考えています。


 本当は、タイムマシーンがあったら1993年の「ゆうばり国際映画祭」に戻り、25歳の自分に自由に映画を撮らせたい。これは偽らざる本音です。


 でもオフシアターのコンペティションは大好きで、どの会社よりも早く若い監督の才能を見つけ、映画を作らせたいのも本音。私はAV時代も、どのメーカーも取らない、しかし必ず売れる原石を探し出すことが得意だったし、好きでした。それと同じです。


 とにかく、映画によって失われた10年を取り戻し、「ゆうばり国際映画祭」をまたあの“雪の王国”にするため、私はこれからの人生を歩みます。


久保直樹

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