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マイルス・デイヴィスとジミ・ヘンドリックス 風に消えたメアリー
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イアン・アーネスト・ギルモア・グリーン

『マイルス・デイヴィスとジミ・ヘンドリックス 風に消えたメアリー』
[著]中山康樹 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:3分
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 その母親は、生涯で5回結婚し、4回離婚した。そしてその子どもは、グリーンの姓を持つ4番目の父親との間に授けられた。イアン・アーネスト・ギルモア・グリーン(Ian Ernest Gilmore Green)。1912年5月13日、カナダ、トロントで生まれる。しかし息子が生まれたとき、医師だった父親は他界していた。やがて母親は、エヴァンスという姓を持った男性と、結果的に生涯で最後の結婚をする。これによってグリーン姓はエヴァンス姓へと変わり、さらに「ギルモア」は「ギル」と短縮して呼ばれるようになる。


 ギル・エヴァンスは先天的に「サウンド」に関する特殊な才能もしくは技能をそなえていた。その一種の天才性は物心がつくころから発揮されていた。一説では、自動車のエンジン音を耳にするだけで車種を言い当て、足音だけで訪問者が誰だかわかった。こうした才能は、のちの人生で関わるマイルス・デイヴィスやジミ・ヘンドリックスに見られないものだった。


 ギルの新しい父親ジョン・エヴァンスは坑夫の職についていた。そのために一家はサスカチュワン、ブリティッシュ・コロンビア、ワシントン、アイダホ、モンタナ、オレゴンと転々とし、最終的にはカリフォルニア州ストックトンに落ち着く。


 高校時代、友人の父親が音楽を趣味としていたことから、ギルは音楽に興味を持つようになる。その父親は地下室を自室とし、ピアノ、蓄音器、(ぼう)(だい)なレコード・コレクションを所有していた。そしてギルに特殊な才能があると知るや、自らピアノを弾きながら、弾き方やコードを教え、その「レッスン」がギルの人生を大きく変える(けい)()となる。


 初めてジャズという音楽を聴いたのもその地下室だった。デューク・エリントン、ルイ・アームストロング、フレッチャー・ヘンダーソン……。1927年、その友人の父親は息子とギルを、オリフューム・シアターで行なわれたデューク・エリントンのコンサートに連れていく。この体験がギルにとって決定的なものとなる。


 ギル16歳、ストックトン・ハイスクール入学。そこで知り合い、友人となったベン・ウォレスの家にはピアノがあった。ベンもまた音楽に興味を持っていた。しかもベンの家には、ギルが好きだったルイ・アームストロングがホット・ファイヴやホット・セヴンといった小グループで吹き込んだレコード(当時は78回転SP盤)すべてが揃っていた。アームストロングの小グループによる演奏は、当時としては最も革新的なものだった。のちにギルは、「私はジャズのすべてをルイ・アームストロングのレコードから学んだ」と語っている。


 1931年、カレッジに進学するためにストックトンを離れる。その際、ギルは「1925年から32年にかけて吹き込まれたアームストロングのレコードを1枚残らず持って街を出た」と述懐しているが、およそ60年後、友人のベン・ウォレスは失笑を交えて回想している。

「ギルには困ったものだよ。ウチにあったルイ・アームストロングのレコードを全部持っていったんだから」

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