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自由民主党の深層
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政治・社会
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キングメーカー中曽根康弘

『自由民主党の深層』
[著]大下英治 [発行]イースト・プレス


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 昭和六〇年二月七日午前八時、「創政会」が平河町の砂防会館内田中派事務所で旗揚げした。参加者は、四〇人。


 田中派は、ついに一枚岩ではなくなった。


 昭和六〇年二月二八日午前四時半、中曽根は総理公邸で連絡を受けた。

「田中角栄さんは、二七日の夕方、自宅で倒れ、夜の八時半に入院したそうです」


 中曽根にとって、青天の霹靂であった。


 中曽根の胸には、まず悲しみがきた。

〈気の毒だな……〉


 中曽根と田中は、同じ昭和二二年初当選組である。おたがいに喧嘩をしたり、仲良くしたりしてきた。解散をめぐって対立もした。二階堂擁立劇では、助けられた。


 中曽根は、今太閤とまで呼ばれるほど力のあった田中とは流儀のちがいがあった、と思っている。


 田中角栄は、中小企業のおやじさんが大企業のトップに君臨していく過程をやった。苦労しているので、目配りがあった。人間関係を非常に大事にしてきた。地縁、血縁を大事にすることからはじまる。田中角栄は、政党に入っても、同じことをやった。そのうえ、田中角栄には、持って生まれた天性のリーダーシップがある。そういうものを足場にしながら、権力をうまく行使していった。


 それにくらべ、中曽根の流儀は別だ。


 東大を出て、役人になり、海軍で将校になった。それから代議士になった。どちらかというと、治める立場が長かった。別に、お愛想をする必要はなかった。それだけに、冷たい男とか、権力的といわれた。が、純粋な情熱をもっている。田中角栄と自分と両方合わせれば、ちょうど良くなる。


 ふたりとも、そういうちがいをもちながら、認め合っていた。中曽根は、ふたりとも、覇気のある人間であったと自負している。中曽根は、その田中が倒れ、入院したことで、寂しさにくわえ、いまひとつの感情があった。

〈こうなったら、一本立ちというか、頼ってはいられない。独立性をより強めよう〉


 昭和六一年七月六日、衆参同日ダブル選の結果、自民党は衆議院三〇四議席を獲得。参議院追加公認をふくめ七四議席と、歴史的な大勝をおさめた。


 この日午後四時、中曽根康弘総理は、記者会見にのぞんだ。

「正直いって、三〇四議席とは考えていなかった。これは天の声、神の声であり、国民の声を恐れ慎んでいかなくてはいけない。これだけの数になると、むしろ責任感で胸がふさがれる思いだ」


 中曽根の選挙前の予想は、二八〇議席であった。中曽根は、自信満々であった。

〈完全なる、おれの勝利だ〉


 自民党本部では、竹下登の後見人である金丸信幹事長が、選挙結果が出る直前に、辞任を表明した。


 金丸は、この選挙で過半数、せいぜい二六八議席をとれれば上出来だと踏んでいた。この数字は、田中角栄倒れてのち選挙の神様といわれる盟友竹下が選挙前にはじき出した数字であった。その神様ですらも、大幅に計算を狂わすほどの大勝であった。


 三〇四議席をとったとき、竹下は、思わず、無念そうにつぶやいた。

「とりすぎてしまったな……」


 金丸は、竹下とともにはじき出した数字がダブル選挙に出たなら、この秋の総裁選では、そのままポスト中曽根を狙って竹下を擁立して攻撃に出るつもりであった。が、「三〇四」とは、あまりに大勝すぎた。


 金丸が、突然退陣表明したのは、身をもって世代交代を中曽根に示すためである。


 つまり、このダブル選への道を拓き、自民党大勝の功労者である幹事長の自分が自ら退陣することは、次の幹事長ポストに竹下を据える、という意思表示であった。


 竹下・金丸は、ポスト中曽根を狙うはずが、三〇四議席をとった時点で、急遽路線を変更したのである。


 中曽根は、選挙後、人事と世代交代を促進しようと考えていたので、金丸の要求を受け入れた。


 中曽根は、いずれ竹下と安倍晋太郎を三役に据えようと考えていた。竹下幹事長を実現する条件に、金丸に副総理を受けさせることを考えていた。中曽根は、このとき自分が名実ともに、キングメーカーへの道を確実に歩きはじめたことを実感していた。

〈これが、国民がおれを支持している証だ。永田町の論理では、これだけの支持を敵にまわすことは、できるはずがない〉


 中曽根は、思いどおりに、竹下幹事長を調整役に使い、総裁任期二期四年の党則を変え、九月一一日の党大会にかわる自民党両院議員総会で、一年間の任期延長を決めた。

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