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14歳からの哲学入門 「今」を生きるためのテキスト
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生き方・教養
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キルケゴール

『14歳からの哲学入門 「今」を生きるためのテキスト』
[著]飲茶 [発行]二見書房


読了目安時間:35分
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Søren Aabye Kierkegaard


 信仰の時代が終わり、合理的に考える能力を頼りに学問を発展させてきた人間たち。そこで問題になったのは、「人間が認識して合理的に考えたことは、世界の真の姿とホントウに一致しているのか」ということ。


 この問題について、デカルトは、神が存在するのだから「人間の認識と世界の真の姿は一致する」と考え、カントは、人間は人間固有の形式に変換された後のモノしか捉えられないのだから「人間の認識と世界の真の姿は一致しない」と考えた。


 いずれにせよ、彼らの哲学は、


「私が在る。世界が在る。そして私が世界を認識している」



 という「『私と世界』の二元論的世界観」をベースとして考えられたものであるわけだが、基本的に、この「二元論(まったく異なるふたつの要素から物事は成り立っているよ)」という考え方は、昔から評判が悪い。というのは、最初に「ミカンとリンゴ」というまったく異なる独立した存在を定義した後で、「ミカンとリンゴって、独立して離ればなれだけど、どうやって関わりあっているんだろ?」と悩むといった、いわば自作自演的なパラドックスに陥りがちな考え方であるからだ。


 その代表例が「魂と肉体」の二元論であろうか。魂を肉体とは異なる非物質的存在として定義した以上、魂が肉体(物質)を操れるとなると矛盾が生じるし、操れないとなると、じゃあ、魂は何のためにいるんだよという話になってしまう。実際、デカルトは、このような定義で魂と肉体について論じる本を書いていたが、文通相手の女の子から「では、魂はどうやって肉体を動かしてるのですか?」と質問されて困りはてている。



 そこへ、ヘーゲルという怪物がやってくる。彼は、「ぜんぶミカンだ! リンゴが在るように見えるけど、本当はぜんぶミカンなんだ!」という感じのこと、すなわち「ぜんぶ私の精神現象なんだ! モノが在るように見えるけど、本当はぜんぶ私の精神現象なんだ!」という一元論的世界観(私の精神現象=世界)を持ち出し、「二元(私と世界)がどう関わりあっているのか」という問題自体を「なかったことにする」という超荒技で当時の哲学的課題を一気に解決してしまう。


 このヘーゲルにより、合理主義時代(認識や合理的能力の正当性を必死に考えた時代)の哲学は終わりを告げる(それはそうだろう。認識論の問題そのものを解体したあげく、「人間は合理的な能力を駆使し続けることで、いつしかすべての対立を解消した神のごとき絶対精神となる」などと究極的に極端なことまで言ってしまったのだから)。


 さぁ、ある時代の、あるテーマにまつわる哲学体系が極限まで進められてしまった。こういうとき、その次の時代……、次世代の哲学は、どういうものになるのだろうか。


 まずはっきりしていることは、前時代の哲学と同じテーマで哲学をしていても、これ以上先には進めないということだ。(「これ以上『極端』なことを言いようがない」と言い換えてもいい)。だから、「次の時代の哲学」は、まったく違ったテーマ、それも、前時代の哲学を「ぜんぜん見当違いでしょ(笑)」と台無しにしてしまうようなテーマ、そういうものではじめなくてはならない。


 では、その「次の時代の哲学」……、「前時代で完成した偉大な合理主義の哲学を根本から覆す新しい哲学」とは何か。


 それが「(じつ)(ぞん)主義」の哲学である。



実存主義とは


 さてさて、というわけで「合理主義」の次は「実存主義」の哲学がはじまったよという話であるわけだが、そもそも「実存主義」とはどういう意味だろうか?「実存」という言葉自体、あまり聞き慣れない単語だと思うが、これは実は「現実存在」の略である。だから、「実存主義」は、本当は「現実存在主義」と呼ぶべきであり、もっと簡単に言えば、


「『現実存在』を大切にしましょうね、という考え方」



 ということになるだろう。


 では、現実存在とは何か……、とさっそくいきたいところだが、もともと、現実存在の反対語として「本質存在」という言葉があり、この言葉といっしょに説明したほうがよいかもしれない。というのは、そもそも実存主義とは、


「前時代の哲学が『本質存在』についてばかり考えすぎだったので、それはもうやめて、これからはその正反対の『現実存在』にもっと目を向けて考えていこうじゃないか」

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