読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1113975
0
説得する力
2
0
0
0
0
0
0
趣味
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
エージェントは有望な人材を求めて世界を飛ぶ

『説得する力』
[著]団野村 [発行]日本文芸社


読了目安時間:5分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


 私は年中、様々なところを飛び回っている。


 自宅は東京、事務所は青山とロサンゼルスにある。ロサンゼルスへ行くのは、私にとっては国内出張のようなものだ。交渉、その下準備のためにアメリカ各地、日本国内を訪れている。その他、韓国、台湾などへも足を伸ばす。


 世界中に散らばっている私の知人たちが、才能ある選手の存在を知らせてくれることがある。

──一〇〇マイル(一六〇キロ)の球を投げる、とんでもない投手がいる。

──打てばホームラン、ものすごいバッターを見つけた。


 といった類のものだ。


 いい選手がいると聞けば、世界各地どこにでも駆けつける、というのが私の信条だ。


 一〇〇マイルの球を投げる投手がいるという話を信用しているわけではない。むしろ、疑っている。そんな凄い選手が埋もれているはずがない。それでも行くのは、本当に一〇〇マイルを投げる投手がいたら困るからだ。その投手を誰かが発見して、プロ野球やメジャーの球団に連れてきたとしたら、悔しい。だから、私は、一〇〇マイルを本当に投げていないことを確かめなければ気が済まないのだ。


 とはいえ、世界にはもの凄い才能のある選手が隠れているのも事実だ。


 今から十数年ほど前、野茂さん、伊良部さんの移籍を手掛けた後、中米の選手発掘に注力していた時期があった。


 そんな時、ニューヨークメッツと二万五〇〇〇ドルで契約したあるドミニカ人の選手の話を耳にした。選手契約書はメジャーリーグ事務局に提出される。直後にフロリダマリーンズからも同じ選手の契約書が届いた。こちらは三万ドルの契約だった。

──その選手は未成年であり、親のサインが必要だ。しかし、メッツは親のサインをもらっていない。


 マリーンズは親のサインをもらっている、我々の契約が合法であると主張した。そこでメジャーリーグが調査に乗り出しているという。


 メジャー球団が競って取ろうとしているほどの逸材だ。どんな選手か見てみたかった。そして、この調査期間中に先に代理人契約を結んでしまえばビジネスになると閃いたのだ。


 当時、ドミニカへは年に四、五回行っていた。ロサンゼルスからマイアミに飛び、そこからドミニカの首都サント・ドミンゴに向かった。


 ドミニカ共和国はカリブ海に浮かぶイスパニョーラ島東部の国だ。イスパニョーラ島の西側がハイチ、東側がドミニカとなっている。海峡を挟んで東側にプエルトリコ、西側にキューバ、ジャマイカがある。面積は四万八四四二平方キロメートル、九州に高知県を合わせた程度の広さである。


 この国は人口約九九〇万人にもかかわらず、多くの野球選手を生み出してきた。


 もっとも有名なのは、サミー・ソーサだ。九八年にマーク・マグワイアとホームラン数を競ったことは記憶に新しい。ソーサは年間六〇本以上の本塁打をメジャーリーグ史上最多の三度記録している。千葉ロッテマリーンズで活躍した、フリオ・フランコもこの島の出身だ。彼は、メジャー、日本、韓国、メキシカンリーグなどで五〇歳まで現役を続け、公式戦通算四二二九安打を記録している。


 町のあちこちに野球グラウンドがあり、子どもたちが粗末な木のバットで、糸がほつれた鉛の球を打っている──そんな野球の島なのだ。


 我々はサントドミンゴから車で北西に向かい、ラグナ・サラダという町に向かった。しばらくは幹線道路を、その後は細い一本道をひたすら走った。サントドミンゴを出て四時間ぐらい走っただろうか、道ばたに「ラグナ・サラダ」という標識が見えた。注意していなければそのまま通り過ぎただろう、区間にして一キロ程度、その左右に粗末な家が建っているだけの小さな村だった。


 私のチームは四人。当時右腕的存在だったジーン・アフターマン、スペイン語を話すドミニカ担当のスタッフ、そして彼のアシスタント。アフターマンは弁護士であり、契約関係に明るい。選手を見つければ、その場で契約書を作ってサインさせるつもりだった。余談になるが、アフターマンは後にヤンキースから誘われて、フロント入りしている。


 スペイン語の話せるスタッフが道ばたにいる男に、その選手の家を尋ねた。小さな村である。みなが彼の家を知っていた。


 強風が吹けば飛んで行きそうな粗末な家だった。家の前にタンクトップを着た背の高い少年がぼんやりと座っていた。選手の名前を出すと、少年は自分のことだと言った。まだ子どもだった。彼に父親を呼んできてくれと頼んだ。


 家の中は一〇畳ほどの一部屋で裸電球が吊るされているのみ。トイレは外にあり、板で囲まれているだけだった。


 戻って来た父親は私たちを相手にしなかった。

「俺はすでにマリーンズと契約している。お前らはいらない」


 うさんくさいものを見るような目つきだった。私は状況を説明した。

「メジャーリーグの事務局は二重契約で違法だと判断している。今、あなたの息子は宙ぶらりん状態だ。これをちゃんと処理しないとお金は入らない」

「そんなはずはない。もうすぐ三万ドルが入るんだ」

「あなたの息子の価値は三万ドルよりももっと高い。私たちに任せてほしい」


 食い下がったが、父親は私たちの言葉を聞こうとしなかった。


 父親は日雇いの仕事をしており、賃金は一日働いても一ドルにもならない。月収一〇ドル以下だという。息子をメジャーリーグに入れること以外、貧困から抜け出せない家庭だった。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:0文字/本文:2185文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次