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アレックス・ファーガソン 人を動かす
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監督就任

『アレックス・ファーガソン 人を動かす』
[著]アレックス・ファーガソン [著] マイケル・モーリッツ [発行]日本文芸社


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 着任したばかりのリーダーは、何かにつけて爪痕を残そうとする。リーダーが存在感を放てるのは最初の百日だけだと言われるが、私はそうは思わない。新しい環境に飛び込んでいくときには、それぞれにふさわしい登場の仕方がある。新しい保安官として町に乗り込んでいくならば、銃身を黒光りさせ、信頼の置ける補佐役たちをつき従わせて、さっそうと登場するのもいいだろう。サッカー界でも、新任監督たちはみな生き残りに必死だ。たとえ複数年契約を交わし、「じっくり待つ」というオーナーの口約束があっても、すぐに結果が出なければ、即刻、首をばっさりと切られるのだ。


 セント・ミレンFCの監督に就任したときは私も必死だった。当時三十二歳だった私は、指導経験が四カ月しかなかったというのに、クラブの大改革に乗り出すんだといきり立っていた。まずはじっくりと時間をかけて自分の立場と仕事を把握するべきところを、先入観で凝り固まった状態でチームへ乗り込んでしまったのだ。私はせっかちで、監督という職に情熱を燃やしていた。誰かに面目を潰されるのは嫌だった。必要以上に肩肘を張ってしまったのは、余裕のなさと経験不足からだろう。内心は不安だったのだ。「まわりはどう思うだろう」「奴らは何をするつもりだろう」「どんな反応が返ってくるだろう」──そんな思いが渦巻いていた。自分の判断に確信が持てなければ、いつか自信を喪失する。そして私は、自分がボスだと誇示することにばかり気をとられ、あまりにも短絡的に決断を下していた。あとで後悔することも少なくなかった。


 アバディーンFCのスティーヴ・アーチボルドはすばらしいストライカーだった。しかし、私が監督に就任したそばから私の神経を逆なでした。あらゆることに首を突っ込んでは、思ったことを何でも口にする。しかも、大学教授並みに口が回るのだ。そんなアーチボルドのせいで、私は前途多難な船出を()いられた。しかし、四六時中あれやこれやと尋ねてくる頑固なアーチボルドにも、ひどく勝ちにこだわるところがあった。そんな性質をようやく理解してからは、私も徐々にうまく対処できるようになった。


 1986年11月、私はユナイテッドの監督に就任した。当初、マンチェスターに一緒にやって来たのはアーチー・ノックスただ一人だけだった。息子たちの学校の事情もあり、キャシーはアバディーンに残ることにしたのだ。ある意味ではありがたくもあった。おかげで私は仕事に全神経を集中させることができたのだから。しかし、アバディーンで三年間苦楽をともにしてきたアーチーには、どうしても一緒に来てほしかった。同じ世界観を共有するアーチーと私の間には、ある種の調和が生まれていた。コーチとしての腕も確かなうえに、とても仕事熱心で心から信頼できる。前任のロン・アトキンソンからスタッフをそのまま引き継ぐことにも、私はまったく抵抗を感じなかった。それどころか、クラブで長く務めるスタッフたちがいてくれることに感謝したくらいだ。クラブのこと、選手たちのこと、そして当時のディヴィジョン1に所属する他クラブのことを熟知するスタッフたちの存在はありがたかった。新任監督としてクラブに足を踏み入れるのは、首相がダウニング街十番地にある首相官邸の扉をはじめて開けるときとどこか似ている気がする。新首相は行政府の人間をすべて入れ替えることはできないが、それでも新しい課題と向き合い、明確な優先順位のもと、(しゅく)(しゅく)と仕事を進めていくのだ。



 オールド・トラッフォードに残ってくれたスタッフやコーチ陣には満足していた。チーフスカウトだけは例外で、最初のシーズン終了とともにチームを去ってもらうことになったが、それ以外のスタッフはみな信頼の置ける優れた人材ばかりだった。スタッフたちは新監督の仕事ぶりに注目していた。それは、自分の仕事の利便性を図るためだけでなく、新しいボスの要求にできる限り応えようという純粋なプロ意識の表れだった。


 ユナイテッドのようなビッグクラブでは、すべてを把握するまでに相当の時間がかかる。私はそれも重々承知していたし、未来の成功を安請け合いするつもりもなかった。課題が山積していることも、そしてそのすべてを即座に解決できないこともわかっていた。私はまず、ユナイテッドというクラブにどっぷり浸かろうと考えた。過去の戦績を丹念に調べ、プレシーズンの準備を吟味し、ユースやスカウティングシステムを検証する。選手一人一人の特徴も慎重に見極めた。そして浮き彫りになったのが、ユナイテッドに脈々と流れる攻撃の血統だった。クラブは創設以来、二度の戦火をくぐり抜けながら、その一貫した攻撃的スタイルを現在まで継承してきた。ボビー・チャールトン、ジョージ・ベスト、デニス・ローの名は、今の若い世代でも耳になじみがあるはずだ。ウィリー・モーガンや、「ミュンヘンの悲劇」で犠牲となったデイヴィッド・ペッグ、1950年代はじめのチャーリー・ミッテンや、二十世紀初期に活躍したビリー・メレディスなどの名は、筋金入りのサポーターの心に今でもしっかりと刻まれている。サー・マット・バスビーの時代にもうまく機能したユナイテッドの攻撃的サッカーは、本能的に攻撃を好む私のスタイルにもしっくりフィットした。


 ユナイテッドのすべてを把握するには実際にかなりの時間がかかったし、緊急事態が勃発することもあった。たとえば、オールド・トラッフォードの地下暖房装置の故障。マンチェスター・シティFCとのFAカップ三回戦でのことだった。地下ケーブルがネズミの()(じき)になったのだ。三週間後に控えていたコヴェントリー・シティとの四回戦までには修理が完了したものの、試合当日の朝には再び、ピッチの半分が凍りつき、残りの半分はぬかるむという事態に見舞われた。想定外の事象に前もって対処するのは難しい。ピラミッドの建設中に、必ず誰かが石を落としたり壊したりしてしまうのと同じだ。就任からたった百日で、勝てる組織を作り上げることなどできはしない。勝てる組織を作るためには、毎日地道に作業を続ける心構えがいる。作業の手を止めることは断じて許されない。手を止めた瞬間、成長は止まる。私はよくこう言ったものだ。「バスは走りつづけている。ぐずぐずするな。置いていかれるぞ」。マンチェスター・ユナイテッドFCは決して停まることのないバスだった。



 選手たちが慣れ親しんだルーティーンがあるなら、それを急に変える必要はない。無理な変化は非生産的だ。選手の士気を下げてしまう恐れもあるし、新監督の真意を測りかねた選手たちが(さい)()心を抱きかねない。新しい環境に飛び込み、大きな役割を担うようになったときこそ、権力を行使したい衝動を抑えなければならないのだ。


 ユナイテッドの監督就任当時に戻ることができるなら、やり直したいことが二つある。あるときは事を急ぎすぎ、そしてあるときは遅きに失した。監督就任前から、私は選手たちの酒癖について聞かされていた。アルコールはパフォーマンスの妨げになる。見過ごすわけにはいかなかった。私がまっさきに取り組もうと考えたのは、飲酒問題の撲滅だった。そこで、ユナイテッドでの初陣のあと、週明けにチームの全員をジムに集めた。選手、コーチ、スタッフを入れて四十人ほどいただろうか。私は全員に単刀直入に切り込んだ。「君たちの酒癖については聞いている。しかしもう終わりにしよう。私はこの考えを変える気はないし、君たちも自己責任で変わるしかない」。その場にいた多くの人間にとっては、すでに耳にタコができているような話だったはずだ。そのときの私は、誰かが酒を飲んで騒いだ現場を自分の目で見たわけでも、問題を起こしたという確固たる証拠をつかんだわけでもなかった。人から聞いた話に基づいて対処しただけだ。賢明なやり方ではなかったと思う。


 あのようなミーティングは開くべきではなかったのだ。全員を同罪のように非難しなくても、実際に一線を越えてしまった者を一人二人処罰すれば済んだことだ。幸いミーティングがトラブルに発展することはなかったが、新しい環境で正面対決するには時期尚早だった。新任のリーダーは、自分なりの「(じっ)(かい)」を発令したくなる。しかし、行動は言葉よりもはるかに雄弁だ。もしもあのとき、サッカーよりアルコールを優先させた選手を見つけ出して即刻解雇していたら、私のメッセージはミーティングを開くよりもずっと明確に伝わっていたことだろう。飲酒問題の根絶には時間がかかった。しかし、酒癖の悪い選手が容赦なく放出されていくのを見て、選手たちはようやく私が本気だとわかったようだ。問題は少しずつ解決へと向かい、そしてやがては、特別なイベントのときを除き、悪しき習慣はすっかり途絶えたのだった。


 遅きに失したというのは、チームの再建に時間をかけすぎたことだ。確かに私の手に負えない問題もあった。当時のユナイテッドは、選手獲得の予算に限りがあり、ユースの選手層も薄い状況にあった。そして私は現実から目をそむけ、可能性ばかりを追いかけて、判断の目を曇らせてしまっていた。つまり、望ましいパフォーマンスができない者がいると知りながら、見て見ぬふりをしていたのだ。もう少し早くチームを作り直していたら、ユナイテッドはあと数年早く常勝チームに生まれ変わっていただろう。


 リーダーに着任したてのころは、右も左もわからないまま手探りで進んでいくしかない。そして組織を()()させてしまわぬよう、不確実性をできる限り取り除くことに配慮する。その一方で、守れない約束をとりつけてしまわないよう気をつける必要もある。私はユナイテッドのスタッフたちから、解雇の心配を明確に排除してきたつもりだ。私がスタッフに求めていたのは、(しん)()な仕事ぶり、それだけだった。クラブのために全力を尽くしてくれる限り、彼らはずっとユナイテッドの一員だった。


 監督に転身した教え子にアドバイスを求められれば、私はいつもこう言った。「自分から正面対決を挑まないことだ」。新しい職務に就けば、いずれはトラブルに出くわすことになるし、何かと衝突することもある。それならばわざわざ自分から厄介事に首を突っ込まないに限る。望まなくとも問題は向こうからやって来るのだ。


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