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宇宙が教えてくれた 幸せになるお告げ
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生き方・教養
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はじめに

『宇宙が教えてくれた 幸せになるお告げ』
[著]賢者テラ [発行]日本文芸社


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「ユルフワ・スピリチュアル」だけでは幸せに生きられない


 本書は、私の前著である『宇宙シナリオからのメッセージ』(日本文芸社刊)に続く二作目となる。


 人生の壁にぶつかり、苦しみあえいでいたところをキリスト教との出合いによって救われた私が、その後予想だにしない「覚醒体験」というものに見舞われる。それは何と、自分もすべての人も、それぞれに「宇宙全体に等しく、また神自身である」という境地を味わう、とんでもないものであった。


 その体験以後、自らを「賢者テラ」と名乗り、覚醒体験を境に心に降りてくるようになったメッセージを紹介し続ける活動をしている。


 前著では、私のスピリチュアル的な主張の主軸を紹介すると共に、そこから発展して「幸せになれる生き方・考え方」をいろいろと紹介した。続くこの二作目では趣向を凝らして、新たなメッセージをただ順番に紹介するのではなく、「絶望と希望」というまったく異質な両側面からのメッセージ集とした。ゆえに本書はその前半が「陰の部」、後半が「陽の部」という構成になっている。


 今回、なぜそのような構成としたのか、そのわけを述べよう。



 光あるところに、影がある。


 私たちの人生の舞台となっているこの世界は、そういう切り取り方で表現してみると、「すべてが対のペアとなっている世界」であると言える。


 今言った「光と影」。他にも前後・左右・上下・東西・南北。男と女(雄・雌)・陽子(+)と電子。状態を表すものでは、「重い・軽い」「熱い・冷たい」「長い・短い」「大きい・小さい」「動と静」など。


 このように、すべての事象は両極端な二極の間で変化し、さまざまな顔を見せる。だからこの世界は仏教的な言い方では「諸行無常」の世界であると言い、また「陰陽の世界」であるとも言える。



 さて、スピリチュアル(精神世界)という分野も、今やある程度の市民権を獲得し、多くの人々の触れるところとなっている。その業界を観察してみると、ひとつの偏りが見られる。それは、人を良い気持ちにだけさせて人気を集める「ユルフワ・スピリチュアル」が圧倒的なシェアを占めている、という実情である。


 ありのままの自分を受け入れる。そのままでオールオッケー。そういうダメな自分の「自己受容」に始まり、努力や責任を問わないことで相手のエゴを安心させて取り込む、などの「メルヘン・スピリチュアル」が横行している。



 この世界は陰陽の世界であり、何事も二つの対の性質によってすべて説明できるとするならば、スピリチュアルという分野においても、「陽的なもの(すべて大丈夫。すべては愛。もう希望しかない)」だけでは、バランスが悪い。それだけしか知らないと、あなたが調子のいいときはよいが、そうでなくなったときに打たれ弱くなる。


 だから私が本書で、スピリチュアルでは王道の希望的内容だけでなく、きちんと陰的部分(スピリチュアルの偽りの常識や問題点、身もふたもない宇宙根源の実相)をも、包み隠さず言ってしまおうというのである。



 本書は、前半を【陰の部】とし、我々が幸せになれないのは、そもそも「幸せ」というものの定義や取り組み方自体に問題があったのだ、ということを述べていく(第1章)。本来、人を幸せにするはずのスピリチュアルの内容がおかしいし(第2章)、さらにはこの世の常識までもおかしい(第3章)ので、それに従ったところでうまくいかないのだ、ということを暴いていく。


 もちろん、皆さんを絶望させて終わりにはしない。いろいろ否定して終わりでは、無責任になる。続く後半では【陽の部】として、その代案を示していく。

「この世ゲーム」の醍醐味を満喫できるような、物事の考え方の提案(第5章)、そしてその実践に関する内容(第6章)。最終章となる第7章では、陽の部の総まとめとして「結局、どうしたらこの宇宙で幸せをつかめるのか」についての最終提案を、短編小説の体裁で表現してみた。


 さらに本書はもうひとつの問題、「()()(げん)(ノン・デュアリティ)」のブームについても言及したいと思う(第4章)

「私はいない」「この世界は幻想」「起きることは決まっている」──。


 普通に聞いたらドン引きするこのような教えが、最近ウケだしているとのことである。これは本来、真剣に悟りを求める弟子と師(マスター)との関係において、壮絶なやりとりをもって伝えられるような(しろ)(もの)である。


 しかし幸か不幸か、ネットなどの通信手段の進歩により、隠しおおせる情報というものが現代ではほぼなくなってしまい、このマニアックな教えも大勢の人の知るところとなってしまった。で、案の定、多くの人の反応は「???」である。


 はっきり申し上げて、非二元の教えは「準備ができた者だけに、聞く意味がある」秘伝であり、極意である。小学生が大学生の教科書をいきなり読んで、意味が分かるわけがない。


 でも、その大学生の教科書を、相手構わず無差別に配りまくっている愚を犯しているのが今の「非二元界」であり、そのひずみは確実に現れてきている。


 皆さんが大混乱しているこの非二元に関しても、私なりの付き合い方を述べてみたいと思う。


【陰の部】で絶望を、【陽の部】で希望を──。


 その二つが揃ってこそ、バランスの良いスピリチュアリズムになることを信じて、本著をお届けするものである。中にはとんでもない内容もあるが、絶望のあとにこそ本物の希望が生まれると信じて。


 あなたが元気に通読できたならば、「おわりに」でまた会おう。



 2015年12

賢者テラ

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