読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1116470
0
言いにくいことをハッキリ言っても好かれる人の習慣
2
0
58
0
0
0
0
生き方・教養
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
1 つい場をおさめることばかり考えてしまう……

『言いにくいことをハッキリ言っても好かれる人の習慣』
[著]能町光香 [発行]すばる舎


読了目安時間:5分
この記事が役に立った
58
| |
文字サイズ

◆「余計なことは言わないほうがラク」


「角を立てないようにしよう」

「対立するのが面倒くさい」

「場の空気を読むようにしなければ」

「なるべく穏便にすませよう」



 こんなふうに思っていませんか?



 30歳までの私は、まさにそういうタイプ。


 今振り返ってみると、それは意識したうえでの行動ではなく、「無意識のうちに」そんなふうに振る舞っていたことに驚かされます。


 自分がどう思い、考えているのかは別として、そうするのがいいに違いない、「どうせ私の言うことなんて聞いてもらえない」と思いこんでいたのです。



 なぜそのように振る舞っていたのでしょうか。それは「自分にとってラク」であったから。


 どんなときでも「うまく場をおさめる」ことで、他の人からの反対意見や非難を受けずにすむので、自分にとって好都合だったのです。


 周りの人からは絵に描いたような「いい人」として映っていたことでしょう。



 ところがある日、「どうせ私なんて」と思ってはいられない状況がやってきました。

「私はこう思う」「私はこう考えている」、そう伝えなければ、生活が成り立たない状況に身をおくことになったのです。


◆いつのまにか「自分がない」人に



 それは、新卒で入社した会社を辞めてオーストラリアに日本語教師として半年間滞在したときのことです。


 日本から一歩外に出てみると、今までの振る舞いがまったく通じません。


 自分の意見を言わない、むしろ、「いい人」でいると「何を考えているのかわからない人」とレッテルをはられ、会話にすら入っていけないのです。


 人の輪に入っていけない寂しさ。周囲からは、「自分が『ない』人」と思われていたようです。私にとって、青天の霹靂でした。


 学校へ行くと、「日本人が珍しい」環境のせいか、いろいろな人たちから矢継ぎ早に質問されます。


「What do you think ?(どう思う?)」

「How do you think ?(どう思う?)」



 それらはどれも私にとって唐突な質問であり、「えっ、私ってこれについてどう思っているのかしら?」「あれっ、私ってこのことについてどう考えているのかしら?」などと考えてばかり。


 挙げ句の果てに、かわいい生徒たちから「先生、早く答えてよ。日が暮れちゃうよ」「先生、それじゃ、明日まで答え待ってあげる。また明日くるね」と言われる始末。


 まさに「しどろもどろ」という状態でしたが、それは、自分を深く知るいい機会になりました。



 このように、毎日多くの人から質問を浴びていたおかげで、考えたり悩んだりする時間すらなく、すぐに行動せざるをえませんでした。


 その行動とは、自分の思いや考えを相手にきちんと伝えるということ。


「私はどう思うのか?」

「私はどう感じるのか?」

「私はどう考えるのか?」



 相手が気持ちを伝えてくれたら、自分の気持ちも相手に伝えることで、はじめて会話のキャッチボールができるようになります。


 会話は、一方通行ではなく、双方向のやりとりにより成り立つもの。


 完璧な答えなんて言わなくていい。「場をおさめる」ことよりも、「自分の意見を言う」ことのほうが大切であることがわかったのです。



◆謙虚さは本当に美徳?



 日本人の生徒を受け入れるクラスのオーストラリア人の先生と話をしていたときのことです。


「ミッキー(私のあだ名)、日本人の礼儀の正しさは、世界一ね。素晴らしいわ」

「ありがとうございます」

「先生を敬う姿勢があり、授業も一生懸命聞いてくれて嬉しいわ」

「日本では、謙虚さを美徳とする風習がありまして」

「そうみたいね」

「はい」

「でも、日本人の子たち(生徒たち)は、もっと自由に自己表現してもいいんじゃないかしら?


 私ってなんて素晴らしいのかしら、って思うぐらいがあなたたち日本人にはちょうどいいのかもしれないわね。オーストラリア人にそう言ったら大変なことになりそうだから言わないでおくけれど(笑)」

「そうかもしれませんね(笑)」

「自分を表現する喜びを知ると、人生がもっと楽しくなるわ」


◆自己表現することで自信がついてくる



 このやりとりを聞いて、どう思いますか?

「オーストラリアと日本では文化が違うから」とひとことで片づけてしまう人もいるかもしれません。


 たしかに国が違えば、価値観や風習も異なります。


 でも、そうやって言い訳をして「自分」を狭い鳥かごに閉じこめてしまっていませんか? 

「自分を表現する」ためには、自分の考えや意見を言わなければなりません。


 慣れないうちは、不安を感じてしまうものです。



 私も本を執筆したり、何十万人もの読者がいる連載コラムを執筆したりし始めたとき、「こわい」という気持ちが幾重の波となり押し寄せてきました。

「執筆する」というのは、「意見を言うこと」つまり、「自分を表現すること」に他ならならなかったからです。


 さらに、自分の書いたものが見知らぬ人たちのもとへと届けられると思うと、不安が募りました。心配のあまり、心が押しつぶされそうになったこともあります。



 でも、一度「自分を表現する」喜びを感じられたら、あとは「こわさ」よりも「嬉しさ」のほうが少しずつ大きくなっていきます。


 少しずつではありますが、打ち返す波のように自然な流れで、確実に「喜び」へと変わっていくのです。


この記事は役に立ちましたか?

役に立った
58
残り:0文字/本文:2155文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次