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ハリルホジッチ 勝利のスパイラル
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フォワードのエースナンバー9をつけた男の「栄光の日」

『ハリルホジッチ 勝利のスパイラル』
[著]ローラン・ジャウイ [著] リオネル・ロッソ [発行]日本文芸社


読了目安時間:5分
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 二〇〇四年十月二十五日月曜日。パリは灰色の雲がたちこめ、寒かった。


 大通りはどこも渋滞し、パリと郊外を結ぶ電車は、早起きした仏頂面の人々や寝過ごして遅刻しそうな人々を運んでいる。二カ月もすればクリスマスだが、まだ休暇の季節ではない。白いなめらかな雪を夢見ながら、現実は(いん)(うつ)な雨に降られつつ、仕事に集中して勤勉に働く時期だ。十月のパリに良いところはない。過ぎ去った七月を振り返り、羽目を外したバカンスを懐かしみ、次の計画を立てながら、五月の陽光を待ちのぞむ。


 夏と言えば、二〇〇四年七月十四日、五十二歳にしては若々しい男がパリ祭の花火を満喫していた。つかの間の若さに輝く目をした少年のような男は、フランス大統領からレジオンドヌール勲章シュバリエ章が授与されることを知らされたばかりだった。


 祖国と住処(すみか)を生涯探し求めたかもしれない男の、不安と放浪を解消する役目を一手に引き受けたのはフランス共和国だった。五十路の新人は誕生したばかりだ。象徴的な人物に勲章が与えられるということは、その人物の業績の素晴らしさが認められたということである。むなしくただ生きてきただけの人間が、国の最も華々しい代表の一人として認められることはない。白髪まじりで疲れた目をした子どもっぽいその男は、数々の伝説において、常に純粋だった。運命の命じるままに微笑むのではなく、皮肉という武器で絶望と闘う。今後彼を必要とする人々は彼への悪口を意に介さなくなり、彼に対するしかめ面は目立たなくなるだろう。子どものように無邪気に喜ぶ者に対して薄ら笑いを浮かべるような(やから)は、気難し屋ややきもち焼きぐらいなものだから。


 だから、喜びと誇りを彼に与えよう。彼の未来に彗星を描こう。遠慮がちな歓声をあげ、批判も受けよう。涙が順番を待っているだろうし、後には(しん)(らつ)な言葉がうなりをあげるだろう。なぜなら、ヴァイッド・ハリルホジッチは、今、最も幸せなフランス人なのだから……。


 数週間があっという間に過ぎ、数カ月が経った。リーグの日程は決まっており、入れ替わりの激しい順位表のトップに君臨し続けようとすれば、時間はいくらあっても足りない。また十月がやってきた。光が変わった。通りに降り注いだ秋雨はようやく乾いたが、人々は相変わらず傘を開いたり閉じたりしている。ハリルホジッチは、実業家のフランソワ・ピノーなる人物の手から勲章を受け取るため、競売会社クリスティーズの名高いサロンを訪れた。


 この二人の男は親しい間柄で、億万長者のピノーはボスニア出身のハリルホジッチの厳格で忠実な性格を高く評価していた。ハリルホジッチは激情家で、そうした助っ人外国人が必ずしも受け入れられ、祝福され、ちやほやされるものではないことを、ピノーは知っていた。ハリルホジッチの人生は、時に、ちょっと蹴りそこなったボールの軌道に似ている。フランスのレンヌを本拠地とするサッカーチーム、スタッド・レンヌのオーナーであるピノーは、財産家で顔が広く、命からがら逃げてきたともいえるハリルホジッチの苦悩と(ゆう)(うつ)を理解していた。


 庭の小石が跳ねる音がして、大型乗用車が入ってくる。ゆっくりとした、荘厳ともいえるリズムだ。上流階級の人々が集まっている。その日の主役は、ポケットに入れておいたスピーチのメモをせわしげに探していた。フランス共和国の議定書でも読みあげるのか? 待ちきれない人々がじりじりしている。場数を踏んだ人気のフォワードにして話題の人、ハリルホジッチは、本当に期待に応えられるのか? サッカーでフォワードのエースナンバーである背番号9をつける選手たちは、気が短いことで知られている。だからこそ、イマジネーションに富み、判断の早い背番号10が必要なのだ。背番号9には、悠然として寛大なパサーである背番号10が不可欠である。そして、この日の背番号10はフランソワ・ピノーだった。


 どのみちスピーチはしなければならないし、聴衆は味方ばかりで、気難しい人物は一人もいない。ジャーナリストのミシェル・ドリュケールやシャルル・ヴィルヌーブ、パリ・サンジェルマン(PSG)の会長フランシス・グライユが、気の利いたスピーチを楽しみにしている。ジャーナリストのギヨーム・デュランはいつもどおりのくつろいだ様子で、元フランス代表ジョゼ・トゥーレに目配せで挨拶した。元フランス代表マキシム・ボシスは、ネクタイを直しながら、同じく元フランス代表の着飾ったエリック・ペクーをからかっている。少し離れたところでは、常客中の常客、元銀行家のジェラール・サルーズが、元フランス代表ブルーノ・バロンシェリと談笑しているようだ。他にも、ピノーの側近や政治家、もちろん、今をときめく有名人などもいる。スタンドは満員、ピノーは、背番号9のハリルホジッチへパスを送った。

「きみはサッカー人生の中で、何度も背番号9をつけた。ナントに所属していたときは、9という数字がきみのラッキー・ナンバーだったね。シーズン初勝利がちょうど九試合目だった」


 拍手と笑いが起こり、好意的なコメントがささやかれた後、レジオンドヌール勲章受章者の挨拶となった。フランソワ・ピノーが手招きでハリルホジッチを呼び入れた。ハリルホジッチはメガネをかけると、手の汗を拭き、小さく息を吐いた。

「親愛なるフランソワ・ピノー、大臣の皆様、会長社長の皆様、友人たち……」

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