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ハリルホジッチ 勝利のスパイラル
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ボスニアでの「甘い生活」

『ハリルホジッチ 勝利のスパイラル』
[著]ローラン・ジャウイ [著] リオネル・ロッソ [発行]日本文芸社


読了目安時間:4分
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 当時のサッカー選手の日常がどういうものだったかを知るため、私たちはボスニアを訪れた。ハリルホジッチはこの故郷の国で、とりわけ故郷の街でスターとなった。モスタルとハリルホジッチは一心同体だ。互いを誇りに思っている。


 不思議な旅だった。あれから十年以上経っている。


 パリ発、ウィーン経由、サラエヴォ行き。フランスとボスニアを結ぶ直行便は、まだない。戦争の傷跡は完全には消えていない。サラエヴォからモスタルまでは車で一時間半、三分の二ほど行った国道沿いに、ハリルホジッチの生まれた街、ヤブラニツァがある。


 サラエヴォ、モスタル……現在でも多くのことを思い起こさせる街の名前だ。



 一九八七年、ハリルホジッチは帰国した。何の迷いもなかった。


 父親が病気だった。伴侶を亡くし衰弱した父は最悪の状態だった。ヤブラニツァにいた兄弟たちはハリルホジッチに現実を隠さなかった。そもそも、帰国の理由はまさにそれだった。それしかなかった。フランスでの未来に期待はできなかった。はっきりした監督就任のオファーはなかった。レストランを開くとか、衣料品店のオーナーになるなどというのは、うんざりだ。未来へ向かって歩きださなければならない。まだ三十五歳だ。遅すぎることは何もない。


 何よりもまず、仕事だ。サッカー? とんでもない。サッカーはやりすぎるほどやった。すっかり満足している。嫌気がさすほどだ。だいたい、今後の数カ月は無理だ。毎日モスタルとヤブラニツァを往復したのでは、父親の看病ができない。ハリルホジッチは毎日、実家を訪れたと言われている。一九八八年、父親が息を引き取るまで、ハリルホジッチは父親につき添っていた。


 そういうわけで、ハリルホジッチの新しい人生は、企業家、実業家として始まった。さまざまな分野に投資した。まずは義理の両親が住んでいたクロアチアの街でパン屋を開いた。フランスで過ごした年月は、何の役にも立たなかったわけではない。バゲットとクロワッサンを専門に作る店にした。メイド・イン・フランスと同じだ。


 次は、モスタルの中心街にベネトンの店を出した。にぎやかな歩行者天国の通りと有名な橋のすぐ近くだったが、戦争で破壊された。だが、これらの投資はハリルホジッチのプライドからすると()(さい)なものだった。生まれ故郷に自分のバーを作ろう。自分の名前をとって「ヴァア・バー」という名前をつけた。現在でもモスタルの住民たちは、残念そうにこのバーの話をする。知る人ぞ知る素晴らしいバーだった。気のおけない仲間と行くには最高のバーだった。モスタルのイケてる地域にあったが、現在はクロアチアの支配地域になっている。夜遅くまで開いていた。酒も音楽も好きなだけあった。笑いとにぎやかな会話は無料だった。七〇年代フランスのクロード・ソーテ監督映画に入りこんだかのようだった。タバコの煙がお客を独特の世界へ誘った。アルプス山脈の向こう側の甘い生活そのものだった。


 モスタルでのハリルホジッチは幸せそのものだった。街は楽しいことだらけだったと言わざるを得ない。ぶらぶらと散歩すれば、トスカーナ地方やフランス南部にいる気分になれる。冬でも比較的温暖な気候で、人々はテラスで食事をし、大声で話し、大げさな身ぶりをする。バルカンそのもの、南仏と言って悪ければ、地中海の香りがした。


 モスタルの人々は人懐っこく、生き生きとしていて、情熱的で血色がいいという評判だ。当時はクロアチア人とボスニア人が入り混じっていた。誰も宗教の話などしなかった。カトリック教徒、イスラム教徒、正教徒、ユダヤ教徒。緊張も差別もなかった。いろいろな人がいても、誰にも何の問題もなかった。そんな化学反応の最高の見本が、ハリルホジッチ夫婦だ。ハリルホジッチの妻は母親がクロアチア人、父親がセルビア人だった。夫がボスニア人でも、誰も心配しなかった。


 戦争末期、街は、他に類をみない色合いをもつネレトヴァ川によって二つに分割された。川のこちら側にはボスニア人が住み、反対側にはクロアチア人が住んでいる。橋は復旧したが、誰も絶対に渡ろうとしない。現在でもなお、既成事実が効力をもっている。


 だが、ここでは戦争前の話をしよう。あらゆる希望が約束されていた。サッカー選手として名をはせた男が転職して、実業家として成功するという夢さえも。

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