『プロ野球「黒歴史」読本 メディアを騒がせた75人の男たち』
[著]手束仁
[発行]イースト・プレス
ヤクルト→巨人
偉大なる父・茂雄の影を背負いつつも、東京六大学の立教大では父親を超える11本塁打を記録。1987年(昭和62年)のドラフト1位でヤクルト入りして人気を博した。93年に父が監督を務める巨人に移籍したが、96年に引退。キャスターとして第二の人生で活躍。
なぜ「スターの息子」は不運だったのか
戦後日本の高度成長の真っただ中の昭和30~40年代。プロ野球は娯楽の王様として多くの人の注目を浴び、人気スポーツとなっていった。そしてそのスター選手は多くの少年やサラリーマンの憧れの存在となっていた。その象徴的な存在が長嶋茂雄だった。