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尾木ママの「脱いじめ」論
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教育
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まえがき 脱いじめ時代へ

『尾木ママの「脱いじめ」論』
[著]尾木直樹 [発行]PHP研究所


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■いじめの間違った認識は今も変わっていません



 社会に大きな衝撃を与えた、中学二年生男子がいじめを受けて自殺した大津の事件。二〇一一年一〇月一一日の惨事なのに、新聞で大きく報道されたのは翌年の七月のこと。遺族が裁判に訴え、その実態が社会的に認知されたからです。

 つまり、遺族の告発がなければ、あの事件は闇に葬られてしまっていた可能性が高いのです。

 いじめは、一九八五年の第一次ピーク期以来、およそ三〇年を経て、これまでに三回ものピーク期を迎えているというのに、今回も残忍としか言えないいじめが立て続けに全国で発生しています。大津事件を受けて、文科省が二〇一二年四月から九月までの約半年間のいじめ認知件数の緊急調査を実施したところ、何と半年間という短期間にもかかわらず、前年一年間の七万件をはるかに上回る一四万四〇〇〇件ものいじめが報告されたのです。これはもう「第四のピーク期」と呼んでも差し支えないのかもしれません。

 ところが、この全国のいじめ認知状況に一〇〇倍もの大きな落差が生まれている点に社会の注目が集まりました。それは千人当たりのいじめ発生件数が鹿児島の159・5件に対して、福岡や佐賀、滋賀などは、1・0〜1・5件というのですから驚きです。かたや少しでもいじめを掘り起こし、解決し、安全・安心な教室・学校をつくろうと意気込んだ県に対して、大津事件によって大反省すべき当該の県が1・5件などと耳を疑うような報告をしているのです。文科省や全国民のいじめに関する意識が今、確実に変わろうとしていて、発見・解決にシフトし始めているのに、その空気も読めない信じがたい鈍感さとしか言いようがありません。ここからは、まだまだ“いじめは恥ずかしい行為。だからあってはならないし反道徳、非人間的である”とモラルの視点一辺倒で捉えられてしまっていることが予想されます。

 しかし、思春期、青年期の一瞬の気のゆるみ、甘えから口をついて出てしまったいじめ言動に対してまでも、毅然たる対処という出席停止処置がとられては大変です。中学・高校・大学への推薦入試のワクももらえず、進路を断つことにもつながりかねないのです。いじめっ子というラベリングをされ、ずっと肩身の狭い学校・地域生活を過ごさざるを得ないおそれさえあるのです。

 そのため、いじめとは何なのか正面から捉えようとせず、いじめが一〇〇件あっても「なかったこと」にされてしまう……。少しでも発見して解決しようという積極性が見られないのです。

■これまでを反省し、新しい展望を



 まるで押し寄せる大波に身を任せているかのように四回目の波をかぶっている“社会現象”としてのいじめ問題。大騒ぎにはなるものの、いじめの本質的な解決に向けた動きは見られませんでした。今回も加害者への「出席停止」処置だとか“人として許されない”ので道徳教育を強化せよ、と叫んでいる有様です。

 しかし、歴史的現実を冷静に見ればわかる通り、いじめ問題は「加害者への厳罰」主義や「モラル教育」で解決するような生やさしいものではありません。

 実はいじめと暴力は一体なのです。いじめの範疇(はんちゆう)の中に暴力や恐喝、器物損壊、万引き、脅迫行為、性暴力などが含まれるのです。現在の文科省のように、いじめと暴力を切り離すべきではありません。

 また、いじめを「いじめ・不登校」のワク内でとらえているのも座標軸がズレています。いじめは、暴力など法律違反の明確な犯罪行為であるのに対して、不登校は、非行でも問題行動でもありません。いじめが引き金や背景の一つに潜んではいても、カウンセリングなども有効な一領域であることは間違いありません。これに対して、いじめはカウンセリング、心理操作で解決するものではないのです。

 これまでの心理主義偏重から脱して、スッキリとした「法教育」を学校に取り込むことが重要です。弁護士や警察官による犯罪としてのいじめの位置づけを「市民教育」(シチズンシップ)の視点から実践すること。そして、自立した、自己責任感や人権感覚豊かな主権者を育てるためにどうすればよいのか──そのための市民教育プログラムを開発すべきなのです。

 最終的には、「いじめ対策推進法」など国会レベルで機敏に立法化することが必要です。

 こうしていじめとは被害者側から捉えてどのような行為なのか、発生した際にはどう動くべきなのか──学校、教師、市民、メディアへの要望を明確にすべき時期なのです。

■新しい社会をめざす夢とロマンに満ちた“いじめ対策”



 いじめ解決能力豊かな学級・学校をめざすことは、つまるところ、個々人をリスペクトできる現代社会の土台をなす相互関係性の確かな社会の構築、実現を意味しています。

 受け身の姿勢ではなく、新しい社会の実現を目指した夢とロマンに満ちた能動的な“いじめ対策”に挑戦したいものですね。

 本書では、これらについてやさしく、お話しする感覚でまとめてみました。少しでも皆さんの役に立ち、いじめで苦しむ子どもたちがひとりでも救済されれば、こんなにうれしいことはありません。


 二〇一三年一月
尾木直樹 



※本書は、大津市立中学校いじめに関する第三者委員会に課せられた守秘義務に関する内容には一切触れておりませんのでご理解下さい。

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