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タレントだった僕が芸能界で教わった社会人として大切なこと
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撮影現場は俺が俺であり続けられる場所だぜ

『タレントだった僕が芸能界で教わった社会人として大切なこと』
[著]飯塚和秀 [発行]ゴマブックス


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「それでは、まもなく本番いきま~す!」

 監督の号令がかかると、先ほどまでの喧騒が嘘のように、一気にスタジオ内は圧倒的な静寂が包む空間へと変化した。関係者たちの表情が、自然と引き締まる。

 何度経験しても、この瞬間はグッとくる。たまらない。主役として参加する作品のクランクイン、初シーンの撮影ともなればなおさらだ。心地よい緊張感に包まれ、自分が自分らしくいられることを深く感謝する。

 さて、これからがいよいよ勝負だ。
「やるべき準備はすべてやってきた。あとは自分を信じるんだ」

 必ず自分にそう言い聞かす。といってもこれは、無意識の感覚的な行動だ。

 200ページ近くにもなる分厚い台本の中身は、相手役の台詞も含め、すべて頭に入れてきた。これから撮影をするシーンでの行動は、手足の先まで神経を張り巡らせ、それこそ目線の使い方ひとつまで、すべて計算しつくしている。もちろん、それらの準備を視聴者に悟られないよう、誰よりも自然に演じきる自信だってある。

 でも、不安が完全にぬぐい去られることなどありえない。常に自分自身との戦いだ。そんな葛藤が、これからも長いこと続くのだ。

 今日から始まるロケに向け、万全の体調管理も行ってきた。役づくりのために、食事で脂肪分を極力摂らないようにし、トレーニングで筋肉もつけつつ、体重自体は5㎏落とした。俺の顔はいまや、この仕事の準備に入る前とは別物だ。

 いま、この空間を共有している監督、カメラマン、照明、その他スタッフは、すべて俺を中心に考えてくれている。みんな、むかしから仕事をともにしてきた相棒みたいなやつらだ。俺の芝居をしっかりとサポートしてくれる。彼らと仕事をすると、ホームグラウンドにいるみたいな安心感がある。

 そんな彼らの厚い信頼に応えること、それも俺が担っている責務だ。

 カメラの位置もすべて頭に入っている。あらゆるアングルから、俺の表情の微々たる変化さえも逃すまいと、複数台のカメラが俺のまわりを囲んでいる。

 たったひとつの仕草で、役の解釈が視聴者に間違って伝わる可能性だってある。無駄な動きは許されない。こんなプレッシャー、世の中にそうそうあるものではないだろう。だが、この痺れるような感覚こそが、俺が生きている証でもある。

 仕事バカどもが、ひとつのモノをつくるために、あふれるばかりの情熱を投入する。やはり俺は現場が好きだ。この空気が好きだ。

 いま、この世界は俺のためだけにある。

 今回は照明機器も大掛かりだ。スタジオ内を熱気が包みこみ、額が少しだけ汗ばむ。即座に20代なかばくらいの女性ADが駆け寄って来た。新人だろうか。
「す、すいません……」

 消え入りそうな小さな声をかけ、入念に仕上げたメイクに影響が出ないようコットンで慎重に俺の汗を拭き取る、いや、吸収する彼女の手は、少し震えていた。

 準備は完全に仕上がった。
「さぁ、いくぞ!」

 自分の中のスイッチがカチッと入った。この一瞬の集中力に、自分のすべてを賭けてるのだ。いよいよ、本番だ!

 監督の乾いた声が現場の空気をザクッと切り裂く。
「それでは本番! 3、2、1……」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 


「はい、カット! カメラチェックします!!

 先ほどまで物音ひとつしなかったスタジオ内が、一気に騒がしくなる。まだチェックを終えていないというのに、カメラマンや照明は、次のシーンに向けて準備を進めようとしている。このあたりは積み重ねてきた信頼があるからなのだろう。

 やっぱり俺は芝居が好きだ。この世界が好きだ。そんな想いを噛み締めつつ、撮り終えた映像を確認する。ほどなくして監督から「OK!」の声が飛んだ。
「俺はこの仕事に人生のすべてを賭けている。さあ、次のシーンの準備だ。理想を追い求める旅に終わりはないんだ……」


「おい! こらっ!」
「は、はいっ!」

 突然ADさんに声を荒げられ、僕は同期の山田君と顔を見合わせました。スタジオの端で撮影を見学しながら、自分が主役になった妄想をしていたのです。
「おまえらの出番はもっと先だろうが! 撮影現場は遊び場じゃねぇんだ! それまで控え室でおとなしく待機してろ!」
「はいっ! すいませんっ!!

 思わぬ怒声に完全に怖じ気づいた僕と山田君は、逃げるようにその場をあとにし、今回の撮影に出演する予定の20人近いエキストラたちが待機する、狭い控え室へと戻りました。

 そう、僕は売れない俳優。「タレント」という肩書きがありつつも、世の中に名前すら知られていない、無名の夢追い人なのです。

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