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なぜ「他人の目」が気になるのか
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生き方・教養
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まえがきに代えて

『なぜ「他人の目」が気になるのか』
[著]依田明 [発行]PHP研究所


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なぜ他人(ひと)の眼が気になるのか



 対人恐怖という神経症がある。他人の前にでると、激しい恥かしさと苦しさを感じる病気である。本人は、人前で顔が赤くなる、目のやりばに困る、表情がこわばる、ことばがどもる、手がふるえる、汗がでるなどと自覚している。だから他人の前では、この症状が現れるのを押えようと必死に努力をする。その努力のために、かえって緊張が高まり症状が出てしまうという病気である。

 赤面恐怖も対人恐怖のひとつである。人前で実際に顔が赤くなるというよりも、赤面することを「恐れている」のである。

 対人恐怖がひどくなると、人がいる所へ出掛けられなくなる。大学生でいえば教室に入れない、そのうちにキャンパスにもいけなくなる。

 けれども、ふつうの人でも赤面することはある。バスが急停車をしたとたんに、座席からころがり落ちた。ぼんやりと窓の外を眺めていた結果である。自分の不注意である。乗客全員が気の毒そうな顔をして見つめている。恥かしい、顔が赤くなるのがわかる。誰も見ていないと思ってだらしのない格好をしていた。ところが他人に見られていた。こんなときも恥かしい。

 すこし派手な柄のスーツを新調した。初めてそのスーツを着て外出する。他人が注目しているような気がしてくる。実際は誰も見ていないのに、気恥かしい気分になる。

 このように、ふつうの私たちも他人の前で恥をかきたくないし、顔を赤らめることもあるし、他人の視線が気になることもあるし、緊張しているときにはどもってしまうこともある。

 対人恐怖の症状は、誰でも持ちあわせている。神経症の人には、極端な形で現れるのである。

 外国人にくらべると、日本人は対人恐怖が多いといわれる。アメリカやヨーロッパでは、アベックが人前もはばからず抱擁したり、キスをしている。日本では皆無とはいえないが、ほとんど見ない。日本人は他人の眼を気にするのである。

 筆者の友人に、対人恐怖の専門家がいる。北欧のある国で開かれた学会に出席した。パーティでその国の女性と意気投合した。手を取り合って会場を出た。折からの白夜である。芝生の上では、大勢の男女が愛を交歓している。相手の女性は彼にそれを望んだ。しかし、悲しいことに彼は日本人であった。他人の眼が気になる。帰国した彼は「さすがの私も対人恐怖を克服できなかった」と嘆いていた。

 また日本人は他人の視線を避けようとする傾向も強い。電車に乗って、向かい側に座っている人と視線が合うとお互いにパッと視線をはずす。南イタリアを旅行した人が書いていたが、バスに乗っても、道を歩いていても、とにかく皆からジロジロ見られる。初めのうちは、日本人が珍しいからだろうと思っていた。しばらく滞在しているうちに、彼ら同士でもジロジロ見つめていることに気がついた。日本人とは違った習慣を持っているのであった。

 このように、私たち日本人はとくに他人の存在や眼が気になる国民である。かつて、文化人類学者のルース・ベネディクトは日本の文化を西洋の「罪の文化」と対比させ「恥の文化」と呼んだ。他人から後指をさされないよう、あざけられないよう、馬鹿にされないように行動するというのである。自分自身の判断よりも、他人がどう思うかが大切なのである。恥をかくことが、もっとも屈辱的なことなのである。何としても避けなければならない。「罪の文化」では、他人よりも自分自身の判断が優先する。

 このようなベネディクトの主張が正しいかどうかは別にしても、私たち日本人は他人を意識し過ぎていると思われる。

 スポーツでも、日本の選手はここ一番というときにふだんの力が出せなかったりしている。大事な勝負に負けたら、まわりの人たちが何ていうだろうか、恥をかきたくない、こういう気持ちがかえって緊張を高めてしまう。外国の選手のように勝負を楽しむという心境になれば、もう少しよい記録も出せるのではないか。

 私たちは、毎日さまざまな行動をし、いろいろなことを考えたり感じたりしている。他人の行動を見ていると、なぜこんなことをするのかと不思議に思うことも少なくない。これから、そのなぜを考えてみたい。

 私たちは、たったひとりで暮らしているわけではない。大勢の他人と社会をつくって、共同生活を送っている。他人のいない生活は考えられない。そういう意味で、本書の題名を『なぜ「他人(ひと)の眼」が気になるのか』とした。本書を読んで人間理解を少しでも深めることができれば、筆者としては望外の喜びである。


依田 明
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