読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1139263
0
生きる大事・死ぬ大事 死を通して見えてくる幸せな生き方
2
0
1
0
0
0
0
生き方・教養
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
理想の死 ●「私にとっての一番美しい死に方」がやってくる

『生きる大事・死ぬ大事 死を通して見えてくる幸せな生き方』
[著]小林正観 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:3分
この記事が役に立った
1
| |
文字サイズ




 五大陸の最高峰を全部登頂した(うえ)(むら)(なお)()さんという登山家がいました。この方は名誉も地位も全て大きなものを手に入れたにもかかわらず、自らの意志で北米大陸のアラスカのマッキンリー山に登り、消息を絶って、おそらく遭難したのだろうということで死亡されたものと推定されています。


 もう一人、(ほし)()(みち)()さんという写真家がいました。この方は、カナダやアラスカやロシアでヒグマなどの生態写真を撮っていた人ですが、この方も行方不明になり、最後に残されていたカメラの最後のコマにヒグマが至近距離で写っていたことから、ヒグマに襲われ食べられたのではないかということになりました。


 植村さんも星野さんも、大変惜しまれた死ではあったのですが、この人たちに共通するものがあります。それは、それぞれの人にとって、理想的な死に方だったのではないか、ということです。


 植村さんは山が好きであった。その山で遭難をして死んだ。いつかはどこかの山で必ずや死ぬことになっていたのかもしれません。星野道夫さんは、野生動物の写真を撮っていた人ですが、どこかで必ずや野生動物に襲われて死ぬことになっていたのかもしれません。


 例えば、この二人が東京の病院で、たくさんの管を差し込まれて長い闘病生活を送りながら亡くなっていく姿、というものが想像できたでしょうか。むしろ、植村さん自身、あるいは星野さん自身、そういう死に方は望んでいなかったのではないでしょうか。


 例えば、「私だったら、死ぬときにはこんなかたちで死にたい」「こういう死に方が望ましい」というように自分で想像してみたとします。その想像というのはもしかしたら、想像というよりは自分の未来の死の姿を予見しているのかもしれません。むしろ、自分の死を予知して言っているのかもしれません。


 自分にとって望ましい死というのは、すでに頭の中にあって、そのとおりのプログラムを書いてきている、そのとおりのシナリオを書いて生まれてきている、とさえ思えるのです(編集部注=人生のプログラムについては第2章参照)。


 人間は、死を避けることができません。絶対に死ぬ動物です。ですから、必ずどこかで死ぬそのときに、病院のベッドの上で生命維持装置をつけられてたくさんの機械に囲まれて死ぬよりは、自分が人生のフィールドとして生きてきたその舞台、例えば植村さんについて言えば山、星野さんについて言えば野生動物のいる地域(カナダやアラスカやロシア)になるわけですが、そういうところで自分が死を選んでいくということを、シナリオで書いてきたのではなかったでしょうか。


 必ずや死を迎えなければならない人生なのです。そうした場合に、「自分が最も理想とする望ましい死に方というのはこんなかたちである」と自分で想像することができたら、多分それが自分にとっての人生の最後(死ぬかたち)なのだということです。


 今のうちに、生きているうちに、元気なうちに、頭の中で「こういう死に方がいい」「こういう死に方が自分にとって望ましい」と思うことができたら、多分、その死はそのようにその人にやってくるに違いありません。それこそが本当に望ましい死なのかもしれないのです。


 死ぬことをいやがるのではなく、正面から死を見据えて、どういう死に方が自分にとって本当に望ましいのか、私にとっての私の一番美しい死に方というのはどういうものなのかを考えたとき、それが理想的なかたちで自分のところにやって来るのかもしれません。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
1
残り:0文字/本文:1456文字
      この記事を収録している本
      レビューを書くレビューを書く

      今レビューすると30ポイントプレゼント! 今レビューすると15ポイントプレゼント! 犬耳書店で初めてのレビューはさらに30ポイント! ポイント詳細はこちら

      この本の目次