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言葉のおしゃれ
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生き方・教養
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序――美人の条件

『言葉のおしゃれ』
[著]楠本憲吉 [発行]PHP研究所


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「美」という字は「羊」と「大」の合字です。「大」は独立した一人前の人間という意味をあらわします。独立した一人前の人間が一匹の羊を連れて立っている姿が一番見た目に美しかったのです。

 中国の古辞書でこの「美」という字を引くと、「美ハ微ナリ」とあります。そして「微」を引くと「微ハ味ナリ」とあります。「美」と「微」と「味」は字面は違うが中味は全く同じだということができます。

 美しいものには味がなければいけません。そしてその味は微妙でデリケートなものでなくてはなりません。

 たとえばお料理がそうです。おいしいお料理は見た目が美しくなければなりません。そしてその味は辛すぎても甘すぎてもダメ。微妙な味わい、デリケートな持ち味でなければならないはず。

 人間もまた然りです。

 私はクラブのホステスや、芸者衆や、タレントや、女優さんたちに会っていつも思うのですが、なるほど彼女たちは美のエリートたちです。しかし、表面的な美、外見的な美以上の何物も感じないのは、そこに「味」がないからだと思うのです。彼女らとつきあっていても「味気ない思い」をさせられることが余りにも多いからです。

 新聞広告で一番多いのは、クスリと化粧品の広告です。その事実は、人間というものは、老若男女をとわず、いかに、健康で美しくありたがっているかを示すバロメーターであるといってもいいでしょう。健康になりたがらない人間、美しくなりたくない人間なんて、ひとりもいないといっていいわけです。

 お化粧――これは一種の詐術のようなものです。この詐術にかける女の時間と情熱と執念とは、男性にとって絶望的な隔離感を抱かせるのに充分なものさえあります。美人といわれるひとはその美を少しでも長く維持し、よりよく高めるために、不美人と思われるひとは、一歩でも美の価値にアプローチするために、この詐術に粉骨砕身するもののようです。

 そして男性が美人を語るとき、おおむね手放しの礼讃論となり、あの女性はいいねと、男性がいう場合、ほとんど美人のことをいっていると思ってさしつかえないようです。そしておもしろいことに、女性の前であまり他の美人をほめると、たとえば「A子さんは、キレイだなァ。びっくりしたよ」などと女性にいうと「だって(ヽヽヽ)、A子さんは字が下手よ」と反発してきます。それでもなお、「字なんかどうでもいいさ。あんなにキレイだと百難をかくすというからなァ。とにかくキレイだ」と手放しでほめると、「どうせ(ヽヽヽ)、私は豚ですもの」とくるものです。

 それでいて、女性に対して「あなたはキレイですね」とほめると、相手が美人の場合は、こちらに何か下心があるのかと警戒するし、不美人の場合はからかわれているのではないかとひがまれることうけあいです。

 万人の認知する超特級美人は別として、世の中には、それほど(つまり本人が深刻に考えているほど)、外見の美醜の差はあるものではありません。第一、表面の美しさや、外観の美というものは、時代や見るひとによって激しく流動するまことに不安定なものであり、オカメやハンニャが絶世の美人であった時代もあったし、正倉院の樹下美人の図といわれる鳥毛立女屏風の美人、引目鉤鼻の中世の物語に出てくる女などは、いまから見れば、およそ美人とは縁遠い、まことにグロテスクな容貌としてしか受け取れない代物です。

 つまり客観的な評価で規定できる美人というものはありません。即ち、だれでも美人になれるということであり、すべての女性は美女予備軍だということです。

 私は美人よと自認している女、美をハナからぶらさげたような自信満々の女性ほどイヤな感じのものはありません。一流の売れっ子芸者や、ホステスのナンバーワン、あるいは男子学生が女王とあがめる美貌の女子学生、顔だけが売り物の女優さんやタレントたち――彼女らは美というマボロシの勝ち犬根性ばかりが目立って、無知無教養であることのみにくさ(ヽヽヽヽ)や、雅性とか安定性とかいった精神的な面のもつ美しさを省みるだけの心の余裕をもたないひとたちが多いのです。

 それに美人だ美人だといっても、その人生の優待券には、有効期限がついていて、老化という現象には、優待券の優待性が自然消滅するような仕組みになっているのです。事実、五十歳の美女は、二十歳の不美人よりもみにくい――この厳粛な事実だけはどうしようもないわけです。「美人薄命」とは、つまりこういうことをいうのでしょう。

 秋田美人とか新潟美人とか京美人とか作州美人とかいわれますが、この美人帯についていえることは、みんな色白(ヽヽ)だということです。色の白いことは女性の場合、七難をかくすことになるわけです。一時、メラニン型美人とかいって薄汚く顔を焼き、なかにはお好み焼きのような顔色をしたひとがいたが、あれはあまり利口なひとのやることではありません。


         *


 ところで、私は私なりの美人の条件について考えてみました。もとより、私一個人の考えから出た主観的なものですから、きわめて偏見に満ちたものであることを予めおことわりしておきます。

 まず第一に「清潔」。一度クリーニングに出してみたいと思うような女性は、およそ美女からは縁遠い存在でしょう。どう考えても不潔な美人というものはありえません。

 次に「お色気」。お色気といってもセクシーなこと、性的魅力のことをいうのではありません。やさしさ(ヽヽヽヽ)と、ほほえみ(ヽヽヽヽ)と、思いやり。これが私のいうお色気です。

 それから「勝ち気」。勝ち気というのはひとに負けまいとする気持をいうのではありません。ひとに負けまいとするのは鼻っぱしが強い、負け惜しみが強いというのです。勝ち気とは自分自身に負けないひと、自分自身に勝つことのできるひとのことをいうのです。芯の強いひとのことをいうのです。

 次は外見ですが、八頭身でないこと。日本人の場合は六・五頭身くらいが理想的でしょう。

 次に美容整形の助けを借りていないひと。美容整形というものは、あれは、いかなる場合でも、人間に関する限り改悪の域を出るものではなく、バランス・オブ・ビューティーの原則すら理解できない、単細胞なひとのやることではないでしょうか。

 やたらに露出しないひと。美は隠すところに宿り、顕わすところから逃げてゆくものです。

 声の美しいひと。美声は七難を隠す働きをします。

 そして最後に声が美しいと同時に、美しい言葉を使うひとも美人の条件にはいります。

 美しい言葉といっても「ザァます」「遊ばせ」ではありません。言葉のTPOを心得た物言いのことをいっているのです。


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 女性美を決定する上において、やはり、美しい言葉づかいということが大きな役割を果たしているのです。どんなに見た目、外見が美しくても、ひとたび、口を開いたとき、乱暴な言葉づかい、間違った言葉づかい、でたらめな言葉づかいが飛び出してくると、せっかくの美しさもすべて台無しになってしまいます。これは、私のつい最近の経験ですが、東北のある地方へ行って、仕事が終わり、夜、宴会がはじまりました。数人の土地の美妓が(はべ)ってくれて、お酌をしてくれたのですが、たしかに東北美人の名に違わぬ、色白の美しい妓ばかりでした。

 しかし、ひとたび、彼女たちが口をひらいたとき、私はアッと驚きました。「オラァなァ」という言葉が飛び出したからです。

 私は方言が悪いといっているのではありません。方言にも当然、方言のTPOがあり、そのTPOが大切だということをいっているわけです。

 では、一体、美しい言葉とは何でしょうか。具体的にいって、どういう話し方を美しい言葉づかいというのでしょうか。それについて、すこし、考えてみたいと思います。まず、正しい言葉づかいということが大切だと思います。間違った言葉づかいは決して美しさを生むものではありません。
「結構です」という言葉は、元来、自分自身が使って、相手に謙譲の意を表する敬語ですが、これを相手の動作、行為に用いて、
「あなたは、お水で結構ですか」

 などというとおかしいことになってしまいます。反対に「召し上がる」というのは、相手の動作に使う尊敬語ですが、これを自分の動作に使って、
「それでは、私がそれを召し上がります」

 などというと、笑われるにきまっているわけです。
「うちの赤ちゃんは、朝からお熱が出て、お乳をあげても飲みませんので、先生が帰ったらすぐ来るように言ってください」

 などという若い母親もいるようですが、これなど、敬語の本末転倒した使い方であるといわねばなりません。


 美しい言葉づかいの基準は、まず正しい言葉づかいにあるということになります。正しい言葉づかいを支えるものは何かというとそれは「知性」だといえましょう。次に言葉そのものの持っている美しさ、他の言葉との関連、位置による美しさが、美しい言葉の成立条件として考えられます。

 あの浩瀚(こうかん)な国語辞書を見ても分かりますように(例えば『広辞苑』には二十万語以上の言葉が収録されています)、私たちの日本語はそれこそ豊富すぎるほど豊富に与えられています。むしろ選択に迷い、苦しむほど氾濫しているといっていいでしょう。

 それこそゴマンとある言葉のなかから、どの言葉を選択してきて、どのように並べるかによって、言葉の美醜が生まれるといっても過言ではありません。言葉選びと言葉並べのよし悪しが、言葉の美を決定するといえましょう。このよしあしをきめるポイントこそ、そのひとの言葉に対するセンスだといってもいいのではないでしょうか。

 たとえば、「私」という言葉でも、我・あたし・あっし・わっち・わし・わて・僕・おれ・おいら・こちとら・手前・それがし・小生・拙者・余・わが輩・吾人・われわれ・私ども……とあります。
「あなた」にしても、あんた・君・貴君・貴兄・貴下・貴公・貴殿・貴女・足下・お前・御身・そこもと・おもと・そなた・そのほう・そち・汝・貴様・うぬ・おぬし・皆の衆・皆さん・諸君・おのおの方……と随分、ボキャブラリーがあります。

 これは日本語の特徴で、「妻」の呼称も実にさまざま。

 女房・内儀・細君・家内・奥方・かみさん・かかぁ・ばあさん……などとあります。
「先生の細君お元気ですか」

 という使い方はおかしい。間違っているのです。なぜなら、細君というのは小君という意味で、自分の女房の謙称です。他人の奥さんに使うべきではありません。ましてや目上の人の奥さんにおいておや……。逆に、
「うちの奥さんがね」

 という言い方もおかしいわけです。

 次に美しい話し方ですが、いかに美しく言葉を使って表現しても、その内容がよくない場合はプラスマイナスゼロになります。

「あら、しばらくねェ。まだ、生きていらっしゃいましたの。ほんとにうれしいわ」などといわれても決して相手は喜びません。
「まあ、素敵! あなた、着物の方がずっといいわよ」なんてほめられても、「じゃあ、洋服はそんなに似合わないの」と反論したくなるものです。「お洋服もお似合いですけど、お着物もまた素敵ねェ。びっくりしたわ」といい直すべきでしょう。

 よくひと言多い(ヽヽヽヽヽ)といいますが、人は往々、この余計なひと言で失敗することが多いのです。
「お嬢ちゃん、可愛いわねェ。本当に、赤いおべべがよくお似合いになって、奥さん嬉しいでしょ。ホント、馬子にも衣裳っていいますからねェ」

 なんて、とんだ失敗、心にもない失言をやることが往々にしてあるものなのです。

 NHKアナウンサーの鈴木健二氏は、“わたくし”という言葉を使うことをしきりにすすめておられます。そのご意見をうかがってみましょう。


 “わたくし”は自分を確立し、言葉にうるおいを持たせる第一歩です。“わたくし”のもう一つの意味は、「わたくし、これから駅へ行きます」という感じが、「わたくし、これから駅へまいります」と、自然に変化してしまいます。

 それは、“わたくし”の持つ響きが言葉全体を覆って、“わたくし”だけではなくあなたの言葉のすべてに美しい磨きをかけるのです。

 “あたし”とか“わたし”を使っていると、意思を伝える間にあわせの言葉はできあがりますが、どうしても味気ないものになってしまいます。“わたくし”はもっとも多く使う主語です。いちばん上につく言葉が良いと、あとに続く言葉もよくなるのです。“あたし”“わたし”ではいつまでたっても粗野な言葉しか使えません。


 なるほどと思わせる論理ですね。「わたし、腹へっちゃったァ」といえても「わたくし、腹へっちゃったァ」とはいえませんからねェ。

 美しい言葉づかいの秘訣は、やはりたくさんの言葉を知るということも大切なことと思います。スゴークとか、イヤダワとか、カッコイイとかばかり繰り返している人がよくいますが、言葉の貧しさ、ボキャブラリーの乏しさは、決していい言葉づかいを生むものではありません。

 おくやみにいって、「このたびはどうも、ムニャムニャ」といっているよりも「このたびは、まことにご愁傷様でございます」といった方がいいし、「このたびは、まことにご愁傷様でございます。さぞかし、お力落としのことでございましょう」といった方がさらにいいにきまっています。

 正しい言葉づかい。

 センスのある言葉選びと言葉並べ。

 言葉の数を多く知ること。

 まずはこの三つのことが、美しい言葉づかいのための要件であるといっていいでしょう。


 以上が、私の美女観であり、その美女観に叶う女性の礼讃論です。


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