仏法に「無財の七施」ということばがあります。
人はお金や力がなくても他人に対して七つの施しをせねばならぬ、すべく努めねばならぬということを説いたものです。
七施というのは、一、眼施 二、顔施 三、身施 四、言施 五、心施 六、床座施 七、房舎施――この七つの施しをいう。
第四番目の言施について、私はたえずこのことばを念頭に置きながら本書を書いたつもりでいます。美しいことばづかい、正しいことばのつかい方がいかに大切か、仏法でも説いている通りです。
いま、日本語は乱れているといわれますが、ことばの乱れは、衣服の乱れ、および衣服の乱れはセックスの乱れを招き、遂には国の乱れにつながってしまいます。
勿論、ことばは時代によって変化します。ことばの東遷や、下剋上といわれ、タテ・ヨコに揺れ動きます。また外来語もどしどし入ってきて日常語になってゆきます。
しかし、その根幹には、やはり、正しい、日本独自の、美しいことばが厳としてあるべきであると思います。
この本ではことばづかい、しゃべりことば、書きことば、ことばの履歴、手紙のことば、ことばのスケッチブックと、いろいろのサイドからことばのことを考えてみました。
幾多の専門家、諸先輩の学恩に浴していますし、遅筆繁忙の私を辛抱強く督励して下さったPHP出版部各位の厚誼も忘れることができません。
俳句という、ことば探し、ことば並べに腐心する文芸に従って半世紀近くになりました。おかげでことばに対しまして、人並に貪欲であると自負しています。
この本を読んで、ことばについて考えることの楽しさをもし身につけて頂ければ、筆者としてこれに過ぎる喜びはないと思います。
この度、本書がPHP文庫の一環として上梓されることになり、この上ない喜びに浸っています。文庫本刊行にあたり、PHP塩野めぐみ様に大変お世話になりました。
一九八五年 孟春楠本憲吉