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ずっと犬が飼いたかった
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ルポ・エッセイ
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第二章 不安な一歩

『ずっと犬が飼いたかった』
[著]成毛厚子 [発行]インプレス


読了目安時間:27分
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譲渡会

 浅草の街中にあるペットショップの二階。ドアを開けると、二十畳ほどの部屋の壁際にズラリと人が腰掛け、その足元にリードを付けた犬たちが座っている。保護団体のスタッフとその預かり犬だ。大型犬から超小型犬まで種類も年齢も様々。小さな犬たちは部屋の中央でじゃれ合ったりしている。


 受付で、「お目当ての犬は?」と聞かれ「ネイブ」と答えた。里親探しサイトで見つけたメスの雑種、推定七歳。写真の穏やかな表情が気に入って、直接会いに来た。譲渡会に来る人のほとんどが、そのサイトで条件に合う犬を選んで見に来るらしい。私もいったいどんな犬がいるのか、期待と不安を抱いてえみちゃんと二人でやって来た。犬飼いのベテランの彼女に、私に向いている犬はいるかどうか、先輩としての意見が聞きたくてついてきてもらったのだった。


 目の前に現れたネイブはベージュ色の中型犬。柔らかな長毛でスピッツをやや大きくしたくらいか。たぶん以前は日本のどこにでもいた普通の雑種だが、近年はあまり見かけない容姿にどこか懐かしさを感じる。


 まずは撫でてみると、すぐにお腹を出して甘える仕草。黒い瞳をクリクリさせて、

「いらっしゃ~い」とばかりに(あい)(きよう)をふりまく。誰に触られても嫌がらず、子どもに耳を引っ張られても笑顔のままなのには驚いた。なんという接客上手!


 都心をはずれた小さなスナックのちいママを思い起こさせた。もつ煮が得意で情が深い、でもお人好しですぐにだまされるタイプ。主役にはならない人生だけれど、その笑顔に誰もがほっとさせられる癒し系。などと、職業柄ついキャラ設定を細かく決めたくなるほどネイブは人間くさかった。それも、しっとりした大人の女性の雰囲気を漂わせている。犬はもっとせわしなくて、すぐ興奮する子どもっぽさが特性だと思っていたから、イメージとまったく違った。


 聞けば、預かりさんの家に来てまだ二週間だという。なのにこの落ち着きぶり。七歳という年齢のせいもあるのだろうが、もしかしたらネイブはこの会場で自分がどう振る舞うべきか、なんのためにここにいるのかをわきまえているのではないかと思えてきた。しかも預かりさん宅では猫と同居しているという。できれば将来は猫も飼って、犬猫両方と暮らすのが夢だったのでこの条件もクリア。保護犬初心者の私にとっては、すべてにおいておあつらえ向きだった。


 そのうちさんざん撫でくり回していたえみちゃんが、

「あ、ネイブったらほうれい線がある」


 と言いだした。そんなわけないでしょとよく見ると、たしかに口元のあたりがたるんでいる。すぐ隣の三ヶ月の柴犬と見比べると、その差は歴然としていた。

「ほうれい線のれい子さん、名前は決まり!」


 えみちゃんはもう勝手に決めつけている。この人はいつでも直感のみで行動して、私の慎重な思惑をごちゃごちゃにしてくれるのだ。


 預かりさんには普段ネイちゃんと呼ばれているそうだ。レイちゃんなら音も似ているし、本人も混乱せずにすむのではと考え始めた。れい子さん、いいかもしれない。よく似合っている。


 私はその場で別の友人に、その日出会った犬として写メールを送り、件名を「れい子さん」としてみた。違和感がなくしっくり来た。これまでの経験上、名前がすぐに浮かんだ犬猫とは長いつきあいになることがほとんどだったので、これは太いご縁があるのかなと感じた。なのにえみちゃんは柴の子犬がお気に入りで、同級生のごとくにじゃれ合っている。れい子さんより何倍も落ち着きがない。

「このマルっていう子にしてよ、可愛い、欲しい!」


 子犬からしつけるのは自信がない。ある程度しつけが入った大人のメスなら、私でも楽だろうという魂胆があった。騒ぐえみちゃんを無視して、私の心は決まりかかっていた。会場を去る時も背中に視線を感じ、振り向くとれい子さんが微笑みながらうなずいたような気がした。



 実はれい子さんと出会う前と後に一度ずつ、別の譲渡会に行ったことがある。ちょうど二、三日中に続けて開催されるので、一応どれにも行ってみようと決めたからだ。一度目は(よもぎ)という名の犬を目当てに出かけた。


 産んだばかりの子犬四匹とともにケージに入れられ、捨てられていたという。子犬はすべてもらわれていき、残った母犬は預かり宅で捨て猫と暮らしているそうだ。小さな子猫と仲良く遊んでいる写真を見て、できるなら犬猫一緒に譲渡してもらおうと考えていた。


 ところが実際に会ってみると予想とは違い、かなり気の荒い犬だった。紀州犬の血が入っているらしい容貌で、いかにも頑固そう。同じ家で暮らす他の犬とも(けん)()が絶えず、預かりさんも手を焼いていると聞かされた。おそらく子犬を守るためにたった一匹で周りに歯をむき、闘ってきたのだろう。心を開くまでには相当時間がかかりそうだった。

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