『ニュース、みてますか? − プロの「知的視点」が2時間で身につく −』
[著]杉江義浩
[発行]ワニブックス
「わかりやすいニュース」を目指して
この本を読んでいるうちに、「週刊こどもニュース」時代の思い出が甦ってきました。世の中のさまざまなニュースを、小学生にもわかるように伝えるという、当時としては画期的な番組づくりに杉江君と一緒に取り組み、苦労を共にしていたからです。
私はそれまで報道局の記者として、大人向けのニュースのキャスターを務めていました。五年間の担当が終了し、ようやくスタジオから解放されて現場に戻れると思っていたところ、突然、「週刊こどもニュース」のお父さん役をやれと業務命令を受けました。当惑しながら、「こどもニュース」のプロジェクトルームに向かうと、報道局ではお目にかかったことのないタイプの人たちが待っていました。その中に、スタッフとして異彩を放っていたのが杉江君でした。
プロジェクトルームにいたメンバーの多くは、それまで教育テレビで子ども向け番組を担当していました。ニュースには興味関心が全くない人たちです。新聞を読むこともなければ、NHKニュースを見る習慣もありません。彼らの部屋のテレビには、いつも教育テレビが映っていました。まあ、当然ですよね、教育テレビの番組を作っているのですから。いつも総合テレビが映り、常にニュースをチェックするのが当然と思っていた報道局の人間には衝撃的でした。
さらに話を始めると、もっと驚かされます。警察と検察の違いも、警視庁と警察庁の違いも、海上自衛隊と海上保安庁の違いも、知らない人たちだったからです。
私は、いったんは驚いたのですが、やがて反省することになります。報道局の人間は、視聴者がニュースに関心があり、書類送検と身柄送検の違いも、起訴と在宅起訴の違いも、当然わかっていると思い込んでいたからです。
考えてみれば、世間の人たちは、それほどニュースに関心があるわけではありません。そういう人たちに、専門用語を使ってニュースを伝えていたのですから、「ニュースはむずかしい」と思われるのは当然のことだったのです。
強く反省した上で、ニュースをわかりやすく解説しようとしたのですが、そこで壁にぶつかります。ニュースを伝える相手は小学生だったからです。小学生が、わざわざニュースを見るはずがない。そんな子どもたちに、どうすれば興味を持って見てもらえるのか。そこから、私たちの悪戦苦闘の試みが始まりました。
その結果、ニュースをわかりやすく解説する魅力というか魔力にはまってしまうのです。この部分は、杉江君が取り上げている通りです。
では、どんな苦労だったのか。子どもたちや、「お母さん」役の柴田理恵さんが、どんな役割を果たしたのか。それは、この本をお読みください。
「こどもニュース」が歴史を刻んでいくうちに、さまざまなメディアが、「わかりやすいニュース」を企画するようになりました。私の目から見ると、決して「わかりやすい」とは思えないものも多いのですが、こうした試みがなされるようになった契機に「こどもニュース」があったことは間違いないでしょう。いささか大袈裟かも知れませんが、「こどもニュース」の歴史的な役割があったということでしょう。
この本は、「わかりやすさ」を追求した記録ですが、と同時に、ニュースの基礎知識を知ることもできる構成になっています。さらに、「ニュースとは何か」という本質的な問いにも答えようという無謀な挑戦も出てきます。
この本を、どう読むか。それは、読者の問題意識によって、引き出せる内容も変わってくるのだと思います。
二〇一五年三月
ジャーナリスト・東京工業大学教授 池上 彰