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(2021/11/26 追記)

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犬と私の感動物語
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くらし
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最優秀賞 おじいさんわんこ 関本すみれ(愛知県名古屋市・51歳)

『犬と私の感動物語』
[著]公益財団法人 日本動物愛護協会 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:4分
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 その犬は、二月の寒い夜、突然、私の前に現れた。


 昭和三十二年、五歳の私は、年明けから母方の祖父母に預けられていた。両親は、自宅も兼ねた小さな医院の開業を間近にひかえ、とても忙しくしていた時期で、私の面倒をみるゆとりがなかったからである。


 祖母は、お手玉を作ったり、たくあんを(しん)にした()()巻きを丸かじりさせてくれたり、私が喜びそうなことを次々に考えだして、とてもかわいがってくれた。私も祖母が大好きだった。


 でも、それまで一度も両親、とりわけ母と離れたことのなかった甘ったれのひとりっ子は、「おかあちゃん」が迎えに来てくれる日を待ちわびて、毎日、湿っぽい気分で過ごしていた。


 その夜、祖父は留守で、祖母と私は早めの夕食をすませたところだった。昭和三十年代初めの田舎のこと、ご飯を()くのはかまど、洗い物をするのは外の井戸端でという暮らしだった。


 祖母がお茶腕を洗いに出ていて、裏口が開いていたのだろう。ささっと軽い音が聞こえ、何かが入ってきた気配がしたので、障子を少し開けてのぞいてみた。土間に、陽気な顔つきの茶色い犬がいて、愛想よくしっぽをふっていた。


 犬に触ったことはそれまで一度もなかったので、そばへ寄る勇気はなかったけれど、この気立てのよさそうな犬をかまってみたくなった。そこで、手近にあった煮干しの缶からひとつかみ投げてやると、犬は土間に散らばった小魚をすばやく食べ、しっぽをふって、私を見つめた。


 あまりうれしそうにするので、もうひとつかみ投げてやったところに祖母が戻ってきた。犬は逃げもせず、煮干しを食べ終えると、しばらく私を見て、ふっと出ていった。


 祖母の話によると、あれは、五百メートルほど先の踏切を越えたところの牛乳屋さんの飼い犬で、ときどきこの辺りを散歩しているという。

「そやけど、家に入ってきたんは初めてや。すみれちゃんと遊びたかったんやろ。だいぶ年とってるみたいや。おじいさんわんこ、やな」


 私は、「おじいさんわんこ」という呼び名が気に入った。おじいさんわんこは次の夜もやって来た。私はうれしくて、でも、まだそばに寄る度胸はなくて、縁側から煮干しを投げてやった。


 そこへ祖父が帰ってきた。祖父は、煮干しの缶を見るとこわい顔になり、大声で犬を追い払ってしまった。うらめしく思ったが、祖父が怒ったのも無理はない。缶の煮干しは、飼っている二十羽ほどの(とり)に丈夫な卵を産ませるための大事なエサだったのだ。数は少なくても卵は大事な収入源だった。


 ()()られたから、もう来ないとあきらめていたのに、おじいさんわんこは翌日も現れた。ただし、祖父のいない昼間に。祖母と私は、かまどの()き付け用の小枝を拾いに、近くの山へ出かけるところだった。

「あんたも行くか?」と声をかけて、歩き出すと、犬はついてきた。踏切のそばまで来たとき、飼い主の家に帰るかなと思っていたが、犬は私といっしょに道を折れ、山道をのぼった。


 おじいさんわんこに好かれてると、強く感じたのはこのときだった。そして、祖母が小枝を集めるのを待っているあいだに、私は初めて犬に触った。茶色の毛並みは少しごわごわしていた。背中をなで、頭をなで、あごの下に触った。犬は穏やかな表情で、じっとしていた。陽だまりみたいに温かい身体だった。帰り道、踏切で別れ、犬は自分の家に帰っていった。


 翌朝、母が迎えに来て、私は両親のもとに戻った。祖母はときどき手紙をくれた。手紙によると、おじいさんわんこは、あれから何度か家をのぞきに来たが、私がもういないと悟ったのか、やがて来なくなったらしい。「でも、元気に散歩してます」ということだった。それからの祖母の手紙の結びは、いつも「おじいさんわんこは元気です」だった。


 ところが、秋の終わりに届いた手紙にはこう書かれていた。

「おじいさんわんこが死にました。踏切で、電車にはねられたのです」



 五十年近くも経つのに、いっしょに過ごした時間はごくわずかなのに、おじいさんわんこはずっと私の心に寄り添ってきてくれた。浮かぶのは、(ふゆ)()(だち)の中で、少し傾きかけた冬の太陽を黙って眺めている、幼い私とおじいさんわんこの後ろ姿。犬は私の肩を抱いている。


 長い年月のあいだに、私の心がつくりあげたイメージなのかもしれない。けれど、生きるのがつらくなったとき、この光景を思い浮かべると、心が温かく(うるお)ってきて、立ち直ろうという気力が静かにわいてくる。おじいさんわんことの思い出の底には、父母や祖父母が、幼い私に注いでくれた愛情が息づいているからだと思う。

「おじいさんわんこ」は、ただの犬ではなく、私が受けてきたたくさんの愛の象徴なのだ。

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