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ついに「愛国心」のタブーから解き放たれる日本人
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歴史
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はじめに

『ついに「愛国心」のタブーから解き放たれる日本人』
[著]ケント・ギルバート [発行]PHP研究所


読了目安時間:9分
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はじめに──愛国心と日本人


 Q:「あなたは日本人に生まれて良かったと思いますか?」


 A:「はい」


 Q:「日本という国が好きですか?」


 A:「はい」


 Q:「ということは、日本に愛国心を持っているのですね?」


 A:「う~ん、愛国心ですか……」



 日本人に「愛国心」について街頭インタビューをしたら、このようなやりとりが続出するのではないでしょうか。一〇〇パーセントの確信をもって断言しますが、現代の日本人は「愛国心」という言葉に対して、何かしらの抵抗感を持っています。


 読者の中に、子供時代から現在に至るまで、「私は愛国心を持っています」と言い続けた日本人が何人いるでしょう。戦後生まれであれば、よほど愛国心の強い両親に育てられ、学校の教師や友人など、環境にも恵まれた人でないかぎり難しいと思います。ほとんど全滅に近いのではないでしょうか。


 ちなみに一般的な家庭で健全に育った米国人であれば、「あなたは米国に愛国心を持っていますか?」という質問に対して、ほぼ全員が、「はい。私は子供時代からずっと、米国に愛国心を持っています」と即答するはずです。


 幸い私も、そのような極めて一般的な考えを持つ米国人の一人です。だから日本人の愛国心への抵抗感を見ると、とても奇異に映るのです。


「愛国心」という言葉を使うのは後ろめたく、カッコ悪いことだと思っている日本人は、世界に出かけた場合には、逆にバカにされたり、大恥をかいたりしてしまうかもしれません。世界のほとんどの国では、自然に愛国心を表明することが、ごく当たり前だからです。


 むしろ、「愛国心はありません」などと平気で答える人のほうが、多くの場合、世界中で奇異な目で見られて、信頼を失ってしまうことを、日本の皆さんは知っておくべきです。


 そういわれても、日本の皆さんはピンとこないかもしれません。なにしろ、「愛国心」という言葉に日本人が知らず知らずのうちに(いだ)かされてしまった拒否感について、あまりにも無自覚なうえに、その原因が根深いものですから──。


 では、次のような例に置き換えてみたらどうでしょうか。


 誰かに「あなたは家族を愛していますか」と聞いたとしましょう。返ってきた答えが「いやー、うちは先祖代々、(ひど)い歴史を歩んできた一族でしてね。とても誇れるようなものではないですし、そんな暗い過去を持つ家族を愛しているだなんて、口が裂けてもいえませんよ」というものだったら、皆さんはどう思うでしょうか。

「自分の家族やご先祖様について()しざまにいうなんて、本当にこの人は大丈夫なのかな? 信用していいのかな?」と、心のどこかで思いませんか?


 正直にいえば、日本人が「自分たちには愛国心はありません」と発言するのを聞いた外国人の多くは、今、述べた家族の例と同じような「この人たちは本当に信頼できるのかな?」という違和感を抱くと思います。そのくらい非常識な発言なのです。


 日本以外の多くの国の人々にとって、「愛国心」は「家族を愛する心」と同じくらい、ごく自然なものです。だから、「私には愛国心がない」「国のことなんかどうでもいい」などといわれると、むしろ眉をひそめたくなるのです。



 そういう風にいうと、「いや、もちろん私だって日本のことは好きなのですが……」とおっしゃる日本人は多いと思います。


 そうおっしゃる方には、重ねて聞きたい。では、「日本を好き」なのと「祖国を愛している」との違いは何ですか?


 これは、かなり難しい質問かもしれません。


 それに対する一つの答えは「マインドコントロール」です。


 いきなり結論めいた話になりますが、戦後の日本では、日本人が愛国心を持つことに抵抗感や罪悪感を抱かせるような学校教育と、マスコミによる報道や放送が、意図的に行なわれてきました。そして、それは現在進行形で、今、この瞬間にも行なわれています。はっきりいえば、皆さんは一種の洗脳を受け続けているのです。

「マスコミや教育を通じて日本人を洗脳しているだなんて、そんなバカな!」


 と考えたあなたは、残念ながら()(ごと)にマインドコントロールされてしまった人です。オウム真理教の事件を引きあいに出すまでもなく、洗脳された人は、自分が洗脳されている事実になかなか気がつきません。あるいは、うすうす気づいていても、なかなかその事実を認めようとはしません。長年かけて築いた価値観が、根底から(くつがえ)ってしまいますからね。


 戦後、この洗脳を教育機関やマスコミを操って行なわせた陰の主犯は、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)でした。米国政府が仕組んだといっても構いません。要するに私の祖国であるアメリカ合衆国の占領政策によるものであり、謀略です。


 この謀略は「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」と名づけられています。簡単にいえば、先の戦争についての罪悪感や嫌悪感を日本人の心に植えつけて、日本を二度と軍事的に立ち上がれない国にしようというものでした。米国政府がそこまでのことを行なった原因は、日本や日本人のことを米国が極端に恐れたせいなのですが、この件は後で詳しく述べたいと思います。



 日本を「好き」であっても「愛国心」という言葉をなかなかいえない原因のもう一つは、「日本人が日本のことを知らない」ことにあります。


 誰も「知らないもの」を愛することはできません。その点でいうと、明らかに日本人は日本のことを「十分には」知らないように思えてなりません。


 これも世界での話で恐縮ですが、何カ国かの人々が集まるパーティーのような席では、まずはたいてい、(おの)(おの)の国の「お国自慢」になるものです。皆が、それぞれ自国の文化や伝統、歴史について語ったり、相手の国のことについて質問したりするのですが、その場で自国の歴史や文化を語れない人は「無教養な人」と思われてしまいます。


 その点、日本人はどうでしょう。海外で盛んに活躍している有能な人ほど、「もっと日本のことを知らなければ」とおっしゃることが多いようですから、きっと普通に大学を卒業した程度では、知識が足りていないのでしょう。


 そして、その知識不足の大きな原因も、やはりGHQの「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」にあります。


 日本の歴史や文化、さらに日本の本質について語る際に絶対に外せないのは、「天皇」の存在です。逆にいえば、天皇とはいかなるものかに関する知識なしに日本のことを語るのは、たとえるなら「ユダヤ教にいっさい触れずにイスラエルを語りなさい」とか「キリスト教への言及なしに西洋文化について論考しなさい」とかいっているようなものです。


 まともな知性を持っていれば、そんなことができるわけもないことがわかるはずです。


 しかし戦後日本では、天皇についての歴史や文化伝統を学ぶことは、一種のタブーでした。日本の人々がつくりあげた公式の歴史書である『古事記』や『日本書紀』に書かれた「神話」を学校で教えることさえできませんでした。八世紀に(へん)(さん)されたこれらの書物にすら「(かみ)()」、つまり神話の時代の話として書かれているのですから、「神話」として教えればいいはずですが、それさえ行なわれなくなったと聞いて、私はとても驚きました。


 その民族が、どんな「神話」を持っているかということ自体が、比較文化研究の視点から見ても、とても興味深いことであるはずです。日本人も、自分たちの国の神話を知ったうえで、他の国々の神話を知ると、似ている点や、違う点などが色々分析できて、とても面白いだろうにと思えてなりません。私は学生時代に比較宗教学を勉強して、たくさんの地域の神話を学びましたので、その経験からしても、日本の学校で祖国の神話を教えていないことは奇妙ですし、とても残念です。


 日本の皆さんは、(きん)(じよう)陛下が何をされているかは、ニュースなどを見て知っているかもしれません。しかし、そもそも日本という国にとって天皇とはいかなる存在なのか、日本の歴史や伝統の中でどのような役割を(にな)ってきたのか、そして、天皇の下で文化がどのように(はぐく)まれてきたかということを知っている日本人が、どれほどいるでしょうか。


 神話の時代から現代に至るまで、ずっと天皇と共に続いてきた国だからこそ、世界の人々は日本という国に憧れ、敬意を抱くというのに、どうも天皇について多くの日本の方々は、その存在に対してあえて無関心でいるか、少し斜に構えつつ、敬しながらも遠ざけるべきものであるかのように考えているように思えます。


 しかも、「天皇」と「愛国心」の両者を合体させて論じることは、戦後の日本では、ある意味では非常に危険なことだったようです。ただでさえ、愛国心は避けて通るべきトピックなのに、そこに「天皇」のことを加味するなんて、「ちょっとおかしな、危ない人たちがする議論」であるかのように感じる日本人が多いでしょう。


 戦争が終わって七〇年以上もたった今日でさえ、天皇を想起しながら愛国心を語ることは、すなわち軍国主義的であると考えられているのです。


 それこそが、「WGIP」がめざした世界観でした。


 しかし、世界に誇るべき「天皇」を()()し、封印するなんて、「もったいない」にもほどがあります。冷静になれば、これがいかにバカらしいことであるかがわかるでしょう。



 私はこの本で、あえて真っ正面から、このような問題を取り上げようと思いました。そして、私が考える日本文化の美点についても語ろうと思っています。天皇が示してきた「理想」とは何か。日本文化の中で脈々と息づく「美の精神」「武の精神」「(そう)(もう)の精神」とはいかなるものか──。そのような点についても考えてみました。日本に長く関わってきて、日本のことをもっと深く理解したいと努力を続けてきた私が、長年、いちばん書きたいと思っていたことを書きました。


 もちろん、アメリカ人である私の理解が及んでいない部分もたくさんあるでしょう。誤解に近いものもあると思います。しかし、外からの視点を率直に紹介することで、日本の皆さんにとって、ある種の「鏡」のような役割が果たせるのではないかと思っています。


 本書を最後まで読んでも「私はどうしても日本への愛国心を持てない」という日本人がもしいらっしゃったら、ぜひ、自分がいちばん好きな国に移住や帰化することをお勧めしたいと思います。

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