『世界一わかりやすい哲学の授業』
[著]小川仁志
[発行]PHP研究所
生き方を提言する哲学書
先生:今日はハンナ・アーレントの『人間の条件』を取り上げましょう。
A子:たしか『全体主義の起源』が主著ですよね?
B夫:全体主義ってあのナチスの?
先生:そうです。アーレントというのはユダヤ人で、ドイツに住んでいたのですが、ナチスドイツの迫害から奇跡的に逃れて、若いころアメリカに亡命します。そしてあの全体主義がなぜ生じたのかを詳細に分析しました。その成果が戦後間もなく発表された『全体主義の起源』なのです。『人間の条件』はその七年後に書かれたものです。
C吾郎:どうして先生は『人間の条件』のほうを選ばれたんですか?
先生:詳しくは今からお話しするわけですが、『人間の条件』では公的なものや自由を中心に論じられています。全体主義がそういう公的なものや自由の欠如によってもたらされた点に鑑みるならば、むしろ『人間の条件』において原理的なものが提示されていると考えられるからです。
A子:主著『全体主義の起源』の原理解説本みたいな位置づけなんですね。
先生:そういうことです。それともう一つ、この本はC吾郎さんの役に立つんじゃないかと思って。
C吾郎:私の?
先生:というのも、『人間の条件』は生き方の提言として見ることもできるわけです。
C吾郎:なるほど。私の第二の人生の歩み方にとって参考になるわけですね。
仕事と労働は別のもの?
先生:そうなるといいなと思いまして。では早速見ていきましょう。まず第一章「人間の条件」の冒頭で、アーレントは三つの基本的な人間の活動力について論じます。それは労働(labor)、仕事(work)、活動(action)というものです。
B夫:労働と仕事って違うんですか?
先生:あくまでアーレントの区分ですが、労働とは「人間の肉体の生物学的過程に対応する活動力」のことをいいます。つまり生きるために必要とされるものを作り出す活動ですね。したがって労働の人間的条件は、生命それ自体だとされます。
C吾郎:なんだか肉体労働のイメージですね。
先生:ええ。これに対して仕事のほうは、「人間存在の非自然性に対応する活動力」のことをいいます。非自然性というのが難しいですが、すぐには消費されないものを表しています。たとえば仕事の成果物として「工作物」が挙げられます。家具とか機械とか。これらはすぐに消費されるのではなく、使用されるものですよね。そんな仕事の人間的条件は「世界性」だといわれます。
B夫:世界性?
先生:工作物が皆に使用されるという意味で、共有性みたいなものでしょうか。