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鉄道でめぐる ゆるり京都ひとり旅
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1 京福電鉄

『鉄道でめぐる ゆるり京都ひとり旅』
[著]羽川英樹 [発行]PHP研究所


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京都には、JRや大手私鉄など大小さまざまな鉄道路線が走ります。

まずは、最も“京都らしさ”が味わえそうな、中小私鉄と第三セクター鉄道からじっくりとご紹介してまいります。


嵐山線


◆歴史と特徴


 地元では〈らんでん〉と呼ばれ親しまれている(けい)(ふく)電鉄。1910(明治43)年に四条大宮~嵐山間の7・2㎞で、神戸川崎財閥系の嵐山電車軌道によって開通しました。その後1918(大正7)年には京都電燈に、そして1942(昭和17)年には京福電鉄に経営が譲渡されました。


 現社名の「京福電鉄」は、京都と福井を直通させる路線計画を持っていたからではありません。京都電燈時代に京都祗園のネオン街で夜に使う電力と、福井の繊維工場での昼間の電力を融通していた「京福送電線」に由来するそうです。ちなみに福井県にあった鉄道部門は、現在すべて第三セクター(※)のえちぜん鉄道に姿を変えています。


 昼間は1両(ラッシュ時や観光ピーク時は2両)の電車が10分間隔で運行されています。昭和の頃にはつっかけ・エプロン姿に買い物カゴを()げた主婦たちも多く利用していました。今は地元住民と観光客が混在して乗り合わせているところが魅力的で、知らない人同士でもついつい会話が弾んでしまいそうなアットホームさが残っています。




 一部に併用軌道区間(路面区間)があるため、最高時速は40㎞におさえられており、のんびり旅を楽しむにはぴったりの電車なんです。


 運賃は全区間大人210円均一ですが、一日に嵐山線と北野線を何度も乗り降りするなら「嵐電1日フリーきっぷ」(500円)が断然お得で便利。


 では、これより嵐電の小さな旅の始まりです。


※第三セクター鉄道:国や地方公共団体(=第一セクター)と民間事業者(=第二セクター)との共同出資で設立された法人(=第三セクター)が運営する鉄道。


四条大宮~太秦広隆寺


 始発駅の「四条大宮」は交差点の南西角、日本生命ビルの1階にあります。平安時代は四条大路と並ぶ大きな通りだった大宮大路。阪急京都線が大宮駅終点だった1963(昭和38)年まではターミナル的要素が強かったのですが、それ以降はショッピングの河原町・ビジネスの烏丸(からすま)に主役をとって代わられました。付近には「餃子の王将」1号店、安さとうまさで午後から超満員の立ち飲み居酒屋「庶民」や、パチンコ・カラオケ・サウナ店などがひしめきあい、まさに盛り場という言葉がふさわしい賑わいをみせています。

西()()」は平安時代に(じゅん)()天皇の離宮があったことから名づけられました。近くの阪急京都線の駅では駅名表示板に〈さいいん〉とふり仮名がついていますが、嵐電は昔から〈さい〉となっています。かつてこのあたりが風葬の地で「(さい)の河原」と呼ばれていたことに由来するようです。では地元の人はどっちを使っているのかと聞いてみたところ、〈さあいん〉と両方に顔がたつような発音をしている人が多かったようです。


 西院駅の踏切を越えたすぐ北側には西院車庫があります。2010(平成22)年に開業100周年でシンボルカラーに制定された京紫色の600番台車両をはじめ、1971(昭和46)年製造の301型、姉妹提携する江ノ電車両などが、ここで点検を受け出庫していきます。また嵐電といえば1975(昭和50)年までは名物のトロリーポール(※)の電車も走っていましたねえ。

西大路三条」は島津製作所の最寄駅。ここが面白いのは嵐山方面行はちゃんとしたホームがあるのに、四条大宮方面行は駅をつくるスペースがないため、少し西側の路面区間に安全地帯を設置していることです。この駅を過ぎると併用軌道区間(路面区間)にはいり、しばらく車と並んで走っていきます。かつては京都市電が市内を縦横無尽に走っていましたが、今や京都市内で路面区間を持っているのはこの路線だけとなりました。この西大路三条から次の山ノ内までは道幅も広い路面区間なので、車両をきれいに撮影できるスポットとして鉄仲間にはよく知られています。

山ノ内」は道路の真ん中に上り・下りとも安全地帯が設置されている唯一の停留所型ホームです。ところがそのスペースがあまりにも狭いんです。目測で幅50㎝くらいでしょうか。トラックやバスが真横をかすめていくと、体重85kgの僕でも風圧でバランスを崩して落っこちそうです。よく見ると「ホームで待たないで下さい」などの表示も。では乗客はどうしているのかと観察すると、大半は歩道で待ち、電車到着後に車道の赤信号を確認して乗車しています。これじゃ安全地帯とはいえないかも。



嵐電天神川」は地下鉄東西線との接続駅。2008(平成20)年に、地下鉄東西線が(うず)(まさ)天神川まで延伸されたのに合わせてできた新設駅で、京都市が建設費用のほとんどを負担しました。それまで落ち込みがちだった嵐電の乗客数も、地下鉄と連絡できるようになってかなり回復したといいます。ゆえに次の「(かいこ)(やしろ)」までは駅間距離がわずか250mしかありません。

太秦広隆寺」では嵐山方面のホームに通販ショップが同居しています。都会風にいえばエキナカショップなのですが、狭い無人駅での同居は少しびっくりします。ここでは通販で扱う商品を実際に見てみたいという人のために現物を置き、少しキズありのものも割引販売しています。店主は特に鉄ちゃんではないようですが、ホームと同居している面白さにひかれ出店したそうです。そういえば、ここに昔は布団屋さんが入ってましたなあ。


 ホームからは真言宗単立の広隆寺の立派な山門を見ることができます。ここは京都最古のお寺といわれ、603(推古天皇11)年に建立されました。またその奥には1975(昭和50)年開業の東映太秦映画村があります。映画・テレビでおなじみのオープンセットをはじめ、外国人客にも大人気の忍者ショー、本物の役者が演じるお化け屋敷、高さ10mの立体迷路、子供大好きのアニメ・特撮コーナーなどを展開し、日本映画のテーマパークとして国内外から多くの観光客を集めています。


※トロリーポール:トロリーホイールという溝付きの車輪を架線に押し当てて集電する棒状の装置。


◆帷子ノ辻 ゆるり寄り道


 北野線との乗り換え駅でもある「帷子ノ辻」は京都難読駅名のひとつで〈かたびらのつじ〉と読みます。この駅の近くには「大映通り商店街」があります。大映といえばかつては黒澤明の「羅生門」をはじめ、「座頭市」「眠狂四郎」「多羅尾伴内」シリーズなどで人気を博した映画会社です。山本富士子、京マチコ、若尾文子などの女優も擁していましたが、1986(昭和61)年に太秦の撮影所は完全閉鎖となり、今はKADOKAWAが旧作品を管理しています。


 商店街の歩道は映画フィルムをイメージしたカラー舗装がほどこされ、よく見ると街灯はカメラの形をしてるじゃありませんか。商店街の入り口にあるスーパー前では高さ5mの巨大な大魔神を発見! これって神戸のJR新長田駅前で鉄人28号に出会って以来の感動です。「大魔神」は1966(昭和41)年に3シリーズが製作された時代劇と特撮をミックスした作品。「ガメラ」と並ぶ大映の特撮の看板映画でした。顔ははにわの武人像から着想したそうで、高田美和、藤村志保、本郷功次郎などが出演していました。それと大リーグでも活躍した佐々木主浩投手のニックネームとしても有名になりましたよねえ。


 かつてこの太秦の地には映画会社の撮影所が多く立ち並び、日本のハリウッドと呼ばれ大変賑わったといいます。



 商店街の中ほどに大魔神の出現と同じく2013(平成25)年3月にオープンしたのが、まちかど映画博物館「うずキネマ館」です。「うず」は太秦のことで、ここは大映時代の映画資料館を兼ねた食事処になっています。入り口横には当時使用されていたカメラ、機材、フィルム缶、パンフレット、映画の台本、キネマ旬報のバックナンバーなどが所狭しと並んでいます。あっ、大魔神の実物大の顔もありました。


 奥にはいると市川雷蔵・勝新太郎のポスターがずらりと貼ってあります。このふたりは同じ1931(昭和6)年生まれで、大映の2大スターとして長らく君臨してきました。二枚目路線の雷蔵、ワイルドな勝新はいつもライバル。そんなふたりは勝新の「かつ」と雷蔵の「ライ」をとって「カツライス」と呼ばれていたのです。そして今この店の食堂では、ふたりが奇跡の共演を果たしています。オムライスの上にチキンカツをのせ和風カレールーをかけた特製カツライス(880円)はボリュームもたっぷり。ほかにも大魔神弁当(大魔神の形をしている)やおばんざいバイキングも人気です。


 ここはNPOのお母さんたちが運営しており、まごころこもったおふくろの味が楽しめます。往年のスターのポスターを眺めながらの食事は、昭和3040年代にタイムスリップした気分。オールド映画ファンにはたまらんスポットです(なぜか日祝が定休)。


有栖川~嵐山

有栖川」は、かつて「嵯峨野」という駅名でした。しかし嵐山観光の客がまちがって降りるケースが多く、1975(昭和50)年に現駅名に改められました。


 次の「車折神社」は〈くるまざき〉と読む難読駅のひとつ。平安時代の儒者・清原(より)(なり)を祀っていますが、境内にある芸能の神様がつとに有名です。神社は駅に隣接しており、本殿まではわずか40秒で到着。境内には芸能関係者約2000人の名前のはいった朱塗りの玉垣がずらりと並びます。俳優・歌手・タカラヅカ・芸舞妓・歌舞伎など多岐にわたって有名人の名前を見つけることができます。参拝客は好きな芸能人の名前を見つけると、それをバックにみんな写真を撮っています。でもこの玉垣の並んでる順番って誰がどうやって決めてるんでしょうねえ。

鹿(ろく)(おう)(いん)」は駅の北側に公団住宅が建設されたため1956(昭和31)年に誕生した駅です。駅の南側には足利義満が開山した臨済宗の鹿王院があります。ここは山門からの景色がすてきなんです。石畳の上に覆いかぶさるような楓の緑陰、その奥に生い茂るうっそうとした竹林。秋の紅葉シーズンには最高の景色を見せてくれます。本殿で運慶作の釈迦如来坐像に手を合わせたあとは、客殿前に広がる庭園鑑賞がおすすめ。嵐山を借景に、一面が苔で覆われた石組みと植え込みを配した平庭式庭園は見ごたえ十分。格式のあるお寺なのにひっそりとたたずんでおり、秋の紅葉シーズンの超穴場スポットと言えるでしょう。

嵐電嵯峨」は2007(平成19)年まで「嵯峨駅前」と名乗っていました。これは300m北にあるJRの駅が、国鉄時代に「嵯峨」という駅名だったことに由来します。しかし、1994(平成6)年にJRは「嵯峨嵐山」に駅名を変更します。そこで観光客へもわかりやすくするため現駅名になったといいます。この駅はトロッコ嵯峨駅(始発駅)とも近接しています。


 さあ22分の旅を終えて終点「嵐山」に到着です。この駅はインテリアデザイナー・森田(やす)(みち)氏によって2013(平成25)年7月に大きくリニューアルされました。まずは駅にさしかかると見えてくるキモノフォレストが目をひきます。友禅をアクリルで包んだ高さ2mのポール200本が乗客をあたたかく迎えてくれます。夜はこれに灯りがはいり、昼とは違う幻想的な景色がひろがります。


 また、1番と2番ホームの間には「駅の足湯」があり、鉄道利用客以外でも200円(タオル付き)で楽しむことができます。観光で疲れた足を癒やすにはもってこいですね。


 駅ビルにはかつてレディスホテルがありましたが、今は「嵐山駅はんなり・ほっこりスクエア」という飲食・みやげものスペースが展開されています。嵐山にはほかにも阪急とJRが乗り入れていますが、一番の中心地で便利な場所に駅があるのがこの嵐電です。


 では名勝地を少し歩いてみましょう。


◆羽川流 嵐山ひとり歩き


 まずは()(げつ)(きょう)の手前を(おお)()川に沿って「小倉百人一首殿堂・時雨(しぐれ)殿(でん)」に向かいます。藤原定家がこの地で百人一首を編纂したことは学校の歴史で学びましたよね。ここはそんな由緒ある地で2012(平成24)年にリニューアルオープンした国内唯一の百人一首ミュージアムなんです(入館料 大人500円)。


 1階ではそれぞれの歌を詠んだ100体の歌仙人形が目に留まります。「へぇー、清少納言ってこんな顔してたの」と東京からやってきた若いカップルがつぶやいています。たしかに、僕ももうちょっと美人だと思ってました。そして奥には平安時代の歌会のジオラマもあり、当時の優雅な様子もうかがい知ることができます。


 2階では平安貴族の衣装を無料で着用しての撮影もできます。平安時代のうりざね顔を持つ僕なんか()()()(かり)(ぎぬ)姿は結構似合うんですよ。またここからの小倉山の眺めもなかなかのものです。


 さあ今度はお土産を探しに行きましょうか。


 天龍寺近くを歩いていると緑地に黄色の「人型」マークの看板が目につきます。ここは「ブルース2nd」というペンケースの専門店で、店内に入ってビックリ。500体のカラフルな人型のペンケースがズラリと壁に展示されているんです。長さ20㎝くらいでみな同じ形・同じ大きさの布製の筆箱は、すべてデザインや色合いがちがうんです。奥のアトリエでこれまでに制作した数は軽く5万点は超えるとか。オープンして20年余り、若い人より中高年がよく買い求めるそうで、大人向けには「京野菜シリーズ」、子供向けには「働く車シリーズ」が人気だとか。お値段は3,000~4,000円。数がたくさんありますから品選びはかなり迷いますが、それも買い物の楽しみのひとつ。京都らしくはないかもしれませんが、お土産に渡すと絶対喜んでもらえる逸品です。



 そして嵐山で僕が一番好きな場所が「竹林の小径」です。ブルース2ndのある通りの向かいから始まり、天龍寺北門から(のの)(みや)神社を経て(おお)河内(こうち)山荘までの約500m。まっすぐ高く伸びた竹林が両側からせり出し空を覆います。もちろん紅葉の秋が一番ですが、私は夏に歩くあのひんやり感が大好きです。昼間に竹林から()れる陽射しもすてきですが、夕暮れ時の光景がたまりません。また毎年12月中旬に開催される嵐山(はな)(とう)()では、夜間ライトアップされた幻想的な風景を楽しむこともできます。


 野宮神社は黒木の鳥居が有名。伊勢神宮に斎宮として仕える皇女がお参りする宮として有名で、毎年10月には斎宮行列も行われます。今は京都屈指のパワースポットとして、また縁結びのご利益があるということで外国人を含め多くの参拝客が訪れます。


 そのあと少し急な坂を登れば大河内山荘に到着。ここは戦前の時代劇の大スター・大河内(でん)()(ろう)の別荘です。当たり役「丹下左膳」での「しぇいは丹下、名はしゃぜん」という独特のセリフ回しが聞こえてきそうですが、この地が気に入り高額なギャラの大半をつぎこんで30年がかりで完成させました。敷地は約2万平方mあり、小倉山の山すそを生かした美しい回遊式庭園からの眺めは圧巻です。山の中腹に位置するため、小倉山や保津川の清流から東山三十六峰や京都市内は言うに及ばず比叡山まで見渡せ、桜や楓など四季折々に魅力を醸し出してくれます。おすすめの時間は午後4時頃。少し陽が傾きかけると人も少なくなり、静かにたたずむことができます。



北野線


◆歴史と特徴


 北野線は京都電燈が1925(大正14)年に北野~高雄口(現:宇多野)間で開通させたのが始まりです。現在の帷子ノ辻~北野白梅町間3・8㎞が全通したのはその翌年のことでした。


 昼間は10分おきに運転され、静かな住宅地を時速40㎞で11分かけゆっくりのんびり走ります。また沿線には名刹が多いため、寺社の名前がそのまま駅名になっているところが多く、それらが駅の目の前に存在しているのも特徴です。


帷子ノ辻~北野白梅町


 帷子ノ辻を出ると次は「常盤(ときわ)」なのですが、2016(平成28)年にはこの間に新駅が誕生します。自社の遊休地を使って建設し、これでJR嵯峨野線・太秦駅と200mで乗り換えができるようになります。


 北野線は基本は単線なのですが、常盤から次の「(なる)(たき)」の間のみ複線区間になっています。そして鳴滝~宇多野の間には200mにわたるすばらしい桜並木があります。これは1926(大正15)年に全線開通記念で八瀬の桜を植栽したもの。春にはソメイヨシノ約100本が咲き誇り、夜間はライトアップされた桜のトンネルを一両の電車が徐行しながら通り抜けます。

宇多野」はかつて「高雄口」という駅名でした。これだと紅葉の名所の高雄に近いと間違われるため2007(平成19)年に現駅名に変更されています。同じように嵐山線の「三条口」も京阪三条に近いような印象を与えるため、西大路三条に改称されました。ちなみにABC制作の土曜ワイド劇場『京都殺人案内』では、藤田まこと扮する音川音次郎刑事の家がこの駅そばにあると設定されよく画面にも登場したのを覚えてます。クロード・チアリ演奏の主題曲『夜霧のシルエット』も名曲やったなあ。

()(むろ)(にん)()()」のホームからは北側に遅咲きの桜でも有名な世界遺産・仁和寺の立派な二王門が見えています。駅舎正面では、旧駅名が右から始まる「御室驛」の横書き旧字体の駅名額も発見。駅と電車と仁和寺の融けあう風景は、絶好のカメラアングルとなります。

妙心寺」は臨済宗妙心寺派の総本山で日本最大の禅寺といわれるお寺の最寄駅。10万坪の山内には46の塔頭寺院が点在し、全国からの修行僧も集まっており そのスケールの大きさに圧倒されます。




 駅のすぐ近くにある「ワンダアカフェ」はユニークな喫茶店。古い民家を改造したお店には木のぬくもりが漂い、店内には昭和のレトログッズが所狭しと並んでいます。セルロイドの人形やブリキのおもちゃ、なつかしのホーロー看板、そして鉄道ファンには銀河の指定席のサイドボードなどもうれしいですねえ。


 ランチメニューも豊富ですが、ぜひ食べてほしいのが名物の特大シュークリーム。クリームの量やシューの大きさが半端ではなく、またしっかりうまいんです。あっ、それから2階のトイレもびっくりです。ずっとこのスペースにいたくなります。どうすごいのかは、どうぞ自分の目でお確かめください。


 このあとは石庭で有名な「(りょう)(あん)()」、足利尊氏の墓所でもある「等持院」を経て、終点「北野白梅町」へ。この駅から北野天満宮までは今出川通を東に歩いて7分(約500m)ほど。


 かつては天満宮の真ん前まで嵐電が通じていました。しかし1958(昭和33)年に市電今出川線(1976〈昭和51〉年廃止)に譲渡したため、今はぶらぶら歩かなければなりませんが、この道中が意外と楽しいんです。毎年1月25日の初天神の日や梅の季節はとくに大賑わいをみせる北野天満宮。時間があれば京都五花街で最も古い(かみ)(しち)(けん)まで足を延ばして、その風情もぜひ楽しんでみてください。


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